孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ドイツ  9月の原発停止延期方針から、“残る1基”も延期へ オーストリアはEUの原発容認姿勢を提訴

2022-10-19 23:13:33 | 欧州情勢
(ドイツのショルツ首相は10月17日、国内に残る原発3基を最長で来年4月15日まで稼働できるようにするための法的枠組みを早急に整備するよう、経済や環境や財務などの関係閣僚に書簡で指示した。写真はリンゲンにあるエムスラント原子力発電所【10月18日 ロイター】)

【ガス・電気の高騰で進むインフレ 極右政党も台頭】
ロシアからのガス供給に大きく依存してきたドイツがウクライナ情勢を受けた「脱ロシア」を進めていくうえで、これまでの「脱原発」路線の修正を余儀なくされていることは、9月30日ブログ“ドイツ ウクライナへの武器供与、「良心的兵役拒否」ロシア人・ウクライナ難民受入れ、「脱原発」延期”で取り上げました。

「脱原発」を党是とする緑の党も参加したショルツ連立政権ですが、年内停止が予定されていた3基の原発のうち2基については停止を延長し、来年4月15日まで稼働する選択肢を認めたという話でした。

ドイツは東日本大震災があった2011年のメルケル政権時に「脱原発」を決定。17基あった原発を段階的に廃止することとし、現在まで残る3基についても、年末に停止する予定でした。

方針変更の背景にあるのは厳しいエネルギー事情、そして電気・ガス・燃料費高騰からのインフレです。
近年にないインフレの進行は、かつてのワイマール体制におけるハイパーインフレとナチズムの台頭の記憶を呼び覚まします。実際、極右政党支持率は上昇しています。

*****牛乳は1.5倍、ガス代は2倍に――ドイツ人の生活を蝕む過去71年間で最悪のインフレ****
9月のドイツのインフレ率は10%と、1951年以来最悪の数値に達した。ショルツ政権は今年12月の家庭・中小企業のガス料金を全額負担する施策を打つが、極右政党の支持率が上昇、来年の景気後退も避けられない見通しだ。

先日ミュンヘンのスーパーマーケット、レーヴェの牛乳売り場に行って、驚いた。1リットル入りの牛乳の値段が1.68ユーロ(235円・1ユーロ=140円換算)になっていた。周りを見回すと、全ての牛乳の値段が1ユーロ(140円)を超えている。ウクライナ戦争が始まる前には、1ユーロ出せばつり銭が返って来る牛乳があったが、今は一つもない。(中略)

牛乳値上げの主な理由は、生産者価格の上昇である。ドイツ連邦食糧農業省によると、今年7月の牛乳100キログラムの生産者価格は1年前に比べて53.7%も上昇して、55.04ユーロになった。その理由は、電気代や農家が使うトラクターのディーゼルエンジン用の軽油、肥料価格などが上昇したためである。

また小売価格の上昇には、ガス価格の高騰も影響している。乳製品の製造には、ガスが多く消費される。ロシアが今年6月以降パイプライン「ノルドストリーム1」を通じたガスの供給量を大幅に減らし、8月31日には完全に停止したために、今年8月下旬には1メガワット時のガスの卸売価格が一時300ユーロを超えた。1年前の同じ時期に比べて7倍近い上昇率である。(中略)

ドイツ連邦統計庁は、9月29日に、「今年9月の消費者物価上昇率(前年同期比)は、10%に達した」と発表した。前月の上昇率(7.9%)よりも2.1ポイント高い。最も上昇率が高いのが電力、ガス、燃料などのエネルギーで、43.9%。食料品の価格も18.7%高くなった。連邦統計庁は、「ロシアのウクライナ侵攻と、パンデミック以来続いている、グローバルな物資流通の停滞がインフレの主な原因だ」と指摘している。(中略)

年間のガス料金が前年比2倍強になる家庭も
冬が近づく中、市民に最も強い不安を与えているのは、ガスと電力料金の高騰だ。ドイツ連邦系統規制庁のクラウス・ミュラー長官は今年7月、ドイツの通信社RNDとのインタビューで「将来ドイツのガス料金は、これまでの3倍になる可能性がある」と語り、人々に強い衝撃を与えた。(中略)

引き上げの理由は、ロシアがガス供給量を削減・停止したことで、ドイツのガス会社が不足分を補うために、スポット市場と呼ばれる短期市場で、割高のガスを買わなくてはならなくなったからだ。

ガスの卸売価格の高騰は、ドイツのエネルギー市場全体に激震を与えている。輸入するガスの54%をロシアに依存していた大手エネルギー企業ユニパーは損失が膨らんで倒産の瀬戸際に追い込まれ、政府によって国有化された。旧東独のガス会社VNGも、同じ理由で政府支援を要請している。大半のガス小売会社が、調達費用の高騰に苦しんでいる。

ドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)が9月16日に公表した統計によると、一戸建ての家に住み、年間ガス消費量が2万キロワット時(kWh)の家庭の1kWhあたりのガス料金は、2021年には平均7.06セントだったが、今年8月には117%増えて15.29セントになった。その理由は、ガス調達費用が2021年に比べて3.1倍に増えたからだ。この家庭にとって、1年間のガス料金は、1411ユーロ(19万7540円)から3057ユーロ(42万7980円)に増えることになる。

電力料金も高騰している。欧州の電力市場では卸売市場の電力価格は、ガス価格とリンクしている。このため発電に使われるガスの卸売価格が上昇すると、電力の卸売価格も上昇する。

BDEWの統計によると、今年7月の1kWhの電力価格(年間電力消費量が3500kWhの家庭)は、2021年の平均価格よりも約16%高くなった。産業用電力(年間電力消費量が16万〜2000万kWh)の価格は、同じ時期に87.3%も増えている。

来年の成長率はG7で最低に
インフレのためにドイツは深刻な経済危機に見舞われている。ドイツ連邦経済気候保護省のロベルト・ハーベック大臣は10月12日、「来年ドイツはマイナス成長に転落する」という予測を発表した。(中略)

国際通貨基金(IMF)が前日発表した世界経済見通しでも、ドイツの今年のGDP成長率(1.5%)は、ユーロ圏(3.1%)の半分以下と予想されている。欧州経済を牽引する機関車役であるべきドイツが、逆にユーロ圏の成長の足を引っ張る「劣等生」に転落した。

今年、来年ともドイツの成長率は、G7(主要7カ国)で最低だ。その理由は、去年までドイツが輸入するガスの50%以上をロシアから調達するなど、ロシア依存度がG7諸国の中で最も高かったからである。インフレと景気後退のダブルパンチ、つまりスタグフレーションがこの国の足下に迫っている。(中略)

インフレへの不安が極右政党の追い風に
電力代・ガス代の高騰で最も打撃を受けるのは、長期失業者や年金生活者など、低所得層である。

ドイツ連邦統計庁の今年9月29日の発表によると、この国に住む1760万人の年金生活者の内、27.8%に相当する490万人が、毎月1000ユーロ(14万円)に満たない年金で暮らしている。つまり多くの低所得者が、ガス代と電気代の高騰によって、可処分所得がゼロになる危険に晒されている。

ドイツの消費者センターの相談所や、電力・ガス会社には「電気代やガス代を払えそうにないのだが、どうしたら良いだろう」と相談する市民の数が急増している。中には、窓口や電話口で泣き出す人もいるという。ロシアのウクライナ侵攻の影響は、ドイツ市民の足下まで押し寄せてきたのだ。

今年8月にドイツで公表された世論調査の結果は、人々のインフレに対する不安を浮き彫りにした。アレンスバッハ人口動態研究所によると、「あなたに不安を与えている、最も大きな原因は何ですか」という設問に対して、インフレを挙げた人は83%で最も高かった。2位のウクライナ戦争(80%)、3位の「世界情勢が予想できない」(73%)を上回った。

ドイツ人は、周辺国の国民よりもインフレに対して強い不安を抱く傾向がある。その理由は、1920年代にドイツを襲ったハイパーインフレの記憶だ。

当時の政府は、第一次世界大戦の戦勝国への補償金支払いや、財政赤字の穴埋めのために、大量の紙幣を印刷した。このため通貨価値が急落してハイパーインフレが起こり、人々の預金を無価値にした。人々は、食料品を買いに行く際に、大量の札束をトランクに詰め込んで行かなくてはならなかった。壁紙よりも紙幣の方が価値が低かったので、紙幣を壁紙の代わりに貼る人もいた。(中略)

今日ドイツ人たちは、学校での歴史の授業で、このハイパーインフレについて詳しく学ぶ。彼らは、戦間期に財産を破壊された庶民の怒りと絶望感が、後年のナチスの台頭につながったことを知っている。

政府のインフレ対策やエネルギー政策に不満を持つ人の間では、極右政党の支持者が増えている。アレンスバッハ人口動態研究所の世論調査によると、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率は、今年5月の調査では9%だったが、9月の調査では4ポイント増えて13%になった。

逆にオラフ・ショルツ首相が率いる社会民主党(SPD)の支持率は同時期に24%から20%に減った。

世論調査機関INSAが9月26日に公表した調査結果によると、旧東独ではAfDへの支持率は27%で、最も人気が高い政党になっている。今年10月9日に旧西独のニーダーザクセン州で行われた州議会選挙では、AfDの得票率が前回(2017年)に比べてほぼ2倍の10.9%に達した。これらの数字には、現政権の政策への市民の不満が浮き彫りになっている。

政府が12月のガス料金を全額負担、その後は料金に上限設定
このためショルツ政権は、市民のエネルギー費用負担の高騰に歯止めをかけるための政策を断行する。10月10日に政府の諮問機関「ガス委員会」は、政府が今年12月の家庭と中小企業のガス料金を全額負担することを提言。政府はこの提言を実行する方針だ。

さらに政府は来年3月1日から2024年4月30日まで、家庭と中小企業のガス料金と、配管で熱を供給する地域暖房 の料金に、それぞれ12セント、9.5セント(いずれも1kWhあたり)の上限を設定する。つまり市民は1kWhあたり12セントまでしか払わなくて良い。これを超える料金は、政府が負担する。

また化学メーカーなど消費量が多い企業が使うガスについても、今年12月1日 から1kWhあたり7セントの上限を設定する。

これによって、連邦系統規制庁のミュラー長官が今年7月に言った「市民のガス料金負担が3倍になる事態」は避けられる可能性が出て来た。

今回公表された施策に政府が投じる予算は910億ユーロ(12兆7400億円)に達する。だがこの提言には、電力料金の上限設定がまだ含まれていない。電力料金の高騰に歯止めをかけ、経営難に陥るエネルギー企業を支援するための予算の総額は、2000億ユーロ(28兆円)にのぼる見通しだ。

政府が異次元的な額の予算を投じるのは、政治家たちがエネルギー価格の高騰が民心に与える影響の大きさを意識しているからだ。彼らはしばしばエネルギー価格の高騰を「社会的な爆薬(Sozialer Sprengstoff)」と呼ぶ。この問題が所得格差を拡大して社会の分断を深め、政治的な過激主義を助長する危険があるからだ。

ショルツ政権は多額の財政出動によってエネルギー費用の高騰にブレーキをかけ、市民が極右政党に篭絡されるのを防ぐことに成功するだろうか。インフレとの戦いは、まだ始まったばかりだ。【10月18日 Foresigt】
*********************

【年内停止予定の“残る1基”の停止延期】
こうした情勢で、前述のように3基の原発のうち2基の停止を延期する決定がなされた訳ですが、予定どおり年内に停止される残る1基がある北西部ニーダーザクセン州の州議会選が9日投開票され、ショルツ首相が所属する中道左派の社会民主党(SPD)が第1党を維持し、一応信任を得た形にも。

最近の地方選挙で連敗し、国政でも支持率がじり貧の状態にあるショルツ首相ですが、今回は何とか持ちこたえたとのこと。

ただ、極右政党のドイツのための選択肢(AfD)の得票率は前回比で5ポイント程度伸ばし、約11%程度が見込まれ、政府の対応に対する不満の一定の受け皿になったとみられています。

ニーダーザクセン州の州議会選は“何とか持ちこたえた”ものの、エネルギー・電力をめぐる厳しい情勢は変わっておらず、ショルツ首相は年内停止を予定した残る1基の原発についても稼働を延長することを決定しました。

****独首相、原発稼働を延長 来年4月まで****
ドイツのオラフ・ショルツ首相は17日、国内全3か所の原子力発電所の稼働を来年4月中旬まで延長するよう命じた。

ドイツは当初、年内に脱原発を完了する計画だったが、ロシアのウクライナ侵攻に伴う電力価格の高騰により、方針の見直しを余儀なくされた。

緑の党のロベルト・ハーベック経済・気候保護相は先月、原子炉3基のうち2基を来年の春まで「待機」させ、必要に応じて稼働させることでエネルギー供給を確保すると発表。反原発を掲げてきた緑の党にとって大きな方針転換となった。

だが、共に連立政権を担う中道派の自由民主党は、北西部エムスラント原発にあるもう1基の原子炉の稼働も延長すべきだと主張。政権内の交渉は行き詰まっていたが、ショルツ首相が自身の権限を行使して稼働の延長を命じると表明した。 【10月18日 AFP】
*************************

エネルギー不安が広がるなかで、世論も稼働延長に傾いています。
調査会社フォルザが9月末に実施した約1千人が対象の世論調査によると、回答者の68%は24年まで3基の原発を稼働させることに賛成。「年内停止」への支持は10%しかなかったとのこと。【日系メディアより】

余談ながら、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんも?

****グレタさん原発「擁護」発言、ドイツ推進派が歓迎? SNSで話題****
原発の稼働延長を巡り論争が起きているドイツで、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんによる「原発擁護」発言を原発推進派が捉えて勢いづいている。グレタさんの気候変動対策を求める運動に対して批判的だった姿勢から一転、歓迎メッセージを送って話題となっている。

グレタさんは12日夕に放映された独公共放送ARDのインタビューで、気候保護のために原発は現時点でよい選択かと問われ、「それは場合による。すでに(原発が)稼働しているのであれば、それを停止して石炭に変えるのは間違いだと思う」と答えた。

事前収録インタビューの一部が放映前に公開されたことから、ツイッターなどで話題となった。

連立政権の一角を担い、原発の稼働延長を求めている自由民主党首のリントナー財務相は11日、ツイッターで「グレタ・トゥーンベリが原発を送電網に接続し続けるという自民党の立場を支持したことを歓迎する」と投稿。同党所属のブッシュマン法相も「グレタ・トゥーンベリですら、ドイツの原発の稼働継続に賛成している」とツイートした。リントナー氏は以前、子どもや若者は気候変動問題を専門家に任せて学校で学ぶべきだという趣旨の発言をしていた。

こうした動きに対し、グレタさんは12日、ツイッターで「自分たちの方向性に合うときだけ不愉快な真実に耳を傾ける人たちに注意することが重要だ」とけん制した。

ロシアによるウクライナ侵攻を受け、ドイツ政府は稼働を停止した石炭火力発電所を期限付きで再稼働できるようにした。また年内に運転を終える予定だった3基の原発のうち2基も、2023年4月中旬まで稼働できる状態にする。

ただ、ハベック経済・気候保護相(緑の党)が同4月に脱原発を完了させる方針であるのに対し、自民党は対象を3基に拡大し、期間も24年まで延ばすよう求めており、連立与党内で論争となっている。【10月14日 毎日】
********************

【オーストリア 欧州議会の原発グリーン認定を提訴】
ドイツに限らず、エネルギー確保の観点から原発容認の流れが欧州では強まっており、7月13日ブログ「環境重視の流れのなかで、みせかけの“グリーンウォッシュ”も」で、欧州議会が地球温暖化対策に貢献するグリーンな経済活動に原発と天然ガスを認定するEU法案を承認したことを取り上げましたが、こうした動きへの抵抗もあります。

****EUの「原発はグリーン」にオーストリアが異議、他国に支持呼びかけ****
オーストリア政府は10日、原子力発電と天然ガスを「グリーンな投資対象」と認定する欧州連合(EU)の規則に異議申し立てをしたことについて、他の加盟国も加わるよう働きかけていると明らかにした。

EUの欧州委は今年2月、環境に配慮した持続可能な経済活動を定義する「タクソノミー規則」で、原発と天然ガスを「環境に配慮した投資先」のリストに加えることを提案した。欧州議会も7月に提案への反対決議案を否決、これにより法制化の道が開けた。

オーストリアは7日、EUのこの規則に異議があるとして提訴した。

オーストリアのゲウェスラー環境相は会見で、ルクセンブルクが既に支持を表明しており、他国も続く可能性があると説明。EUの決定について「無責任で不合理だと思う」と批判した。

EU当局者によると、オーストリアは他国に「外交的働きかけ」を行っている。

昨年11月にEUがタクソノミー規則の草案作成中、オーストリア、ドイツ、ルクセンブルグ、ポルトガル、およびデンマークは原子力発電を外すよう求めていた。アイルランドとスペインも天然ガスを環境に配慮した投資と認定することに反対していた。【10月11日 ロイター】
*******************

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする