中絶反対派(反選択派(アンチチョイス)、生命派(プロライフ)とも呼ばれます)による、大統領選挙当時のオバマ候補への抗議行動 “flickr”より By IowaPolitics.com
http://www.flickr.com/photos/iowapolitics/2803756421/)
【日本 出生100に対する中絶数の比率は25.3件】
数年前、ハードボイルド小説「守護者(キーパー)」(グレッグ・レッカ著)という文庫本を何気なく買ったことがあります。
主人公はプロのボディーガードで、中絶反対派の激しい抗議、脅迫に曝される中絶手術を行うクリニックの女医とダウン症の娘のガードを依頼されたことから事件が展開していきます。
日本ではなんとなく中絶行為を現実的に受け入れている風潮があり(もちろん、それぞれの立場からの真摯な議論はありますが)、そうした社会の価値観からすると、中絶を胎児の殺人とするカトリック原理主義の過激な、あるいは狂信的な暴力行為の描写に馴染めないものを感じて、冒頭部だけで読むのを止めてそのまま本棚にしまっています。
日本の現状をウィキペディアからひろうと、以下のとおりです。
“日本国において中絶は、一般的には犯罪行為である。自分や他人の中絶を行った者は、刑法の第二十九章(堕胎の罪)にある、いずれかの条の罪を犯した者として訴追され、懲役刑に処せられる可能性がある。一方、母体保護法(1996年以前の法律名は優生保護法)は、「母体の健康を著しく害するおそれのある」場合等に、特別な医師(指定医師)が本人等の同意を得た上で「中絶を行うことができる」と定めており、この規定に則った中絶は、刑法の正当行為規定の適用をうけて、罰されることは無い。
後述するように、20世紀中盤以降の日本国においては、母体保護法(1996年以前の法律名は優生保護法)が幅広く適用され、多数の中絶が公に行われてきた。厚生労働省の統計によれば、2006年に日本で行われた人工妊娠中絶は276,352件で、15~49歳女子人口に対する比率は0.99%、出生100に対する中絶数の比率は25.3件である。また、法的にグレーな中絶も、公然の秘密として無数に行われているとされる。”【ウィキペディア】
中絶をめぐっては、中絶を回避する方策としての“赤ちゃん斡旋事件”とか“赤ちゃんポスト”が世間で論議されることもあります。
また、出生前診断で判明した先天的な異常を持つ胎児を中絶することの是非、不妊治療の副作用として増加している多胎妊娠において、一部の胎児のみを人工的に中絶する「減数手術」の是非などの問題もあります。
【アメリカ ティラー医師殺害事件】
アメリカでは、激しい中絶論議が続いていますが、議論が過激化していく契機となったのが1973年に連邦最高裁が下した中絶容認判決で、“ロー判決”と呼ばれるものです。
「われわれは既婚者であろうとなかろうと、産む産まないというような基本的な個人の問題に政府から不当な干渉を受けないという個人の権利を認める。その権利には妊娠を継続するか否かを決定する女性の権利が必然的に含まれる。」
そのアメリカ・中西部カンザス州ウィチタで5月末、後期妊娠の中絶手術を行っていたジョージ・ティラー医師(67)が射殺された事件が波紋を広げています。
カンザス州では妊娠第3期(28週以降)の中絶について、実施しないと「母体に回復できない障害を残す」などの場合に限り認めています。ティラー医師も妊娠後期の中絶を手掛け、全米から死が避けられない胎児を宿した母親などが医師を頼って訪れていました。
“「要塞クリニック」といわれる仕事場は、道路側に窓がなく、駐車場側の窓ガラスは防弾ガラスで、防犯カメラも装備。86年に入り口に爆弾が仕掛けられ、93年には中絶反対派の女性に医師が襲撃され両腕を負傷した。
中絶反対派は毎日、クリニックの駐車場入り口で患者に中絶しないよう説得。99年には別の反対グループが隣にクリニックを開設、死が避けられない胎児のための周産期ホスピスを始め、米国を二分する中絶論議の最前線となってきた。医師射殺事件後、遺族はクリニックを閉鎖した。”【7月16日 毎日】
小説「守護者(キーパー)」で描かれていた、日本では馴染みがない世界でもあります。
ティラー医師を殺害した犯人は、中絶反対の活動をしていた運送会社員で、「社会の考えでは有罪でも、神の前では許される」「これで彼(ティラー医師)はもう後期中絶手術をできなくなる」と語っています。
ティラー医師の葬儀には、中絶反対派は「神が殺人者を送った」と書いたプラカードを掲げで集まったそうです。
「変革」を掲げ、人工妊娠中絶を基本的に容認するオバマ米大統領は、事件発生から数時間後、「いかに意見の相違が深くとも、凶悪な暴力行為では解決できない」と、怒りを込めた声明を発表しました。
ホルダー司法長官も、即座に全米の主要な中絶関連施設の警備強化を連邦捜査官に指示し、オバマ政権の異例ともいえる対応の素早さは、政権にとって事件の衝撃がいかに大きいかを物語っているとも報じられています。
「史上最も強く中絶を支持する大統領」とも言われる中絶容認派のオバマ大統領誕生への反発が暴力の連鎖を生みかねないとの警戒感があるようです。【7月16日 毎日】
【オバマ大統領誕生 保守化への逆バネ】
オバマ大統領も“リベラル”な側面と、キリスト教的価値観を重視する保守的な側面の二面性があるといわれています。
アメリカ社会は、ブッシュ前大統領と比較するとリベラルな面が取り沙汰されるオバマ大統領誕生への反動・危機感から、むしろ保守化の傾向が勢いを増しているとも。
****米国:民主でも進む保守化 オバマ大統領にも二面性「中道右派の米国」*****
オバマ米大統領の今年1月の就任以来、人工妊娠中絶や同性婚など社会問題を巡る論争が活発化、保守派とリベラル派の断絶を浮き彫りにしている。8年ぶりの民主党大統領の誕生で「リベラル派」が勢いづいていることが背景にある。だが、米社会の保守派は根強く、リベラル派が依然として「弱小集団」であることに変わりはない。むしろ民主党の保守化現象が浮き立っている。
オバマ氏が中絶や同性愛者を基本的に擁護するのは、女性の選択権を尊重し、異性カップルとの権利の平等を図ろうという価値観からだ。ただ、中絶や同性婚そのものには道徳的、宗教的観点から否定的だ。
オバマ氏は就任直後、海外での中絶を支援する非政府組織(NGO)への助成再開を表明したが、それはアフリカなどでのエイズウイルス(HIV)感染拡大阻止が狙いだった。5月のカトリック系大学卒業式では「望まない妊娠をした女性を支援する」と述べつつ、中絶に歯止めをかけたいとも訴えた。
同性婚問題では、異性同士の夫婦と同等の権利を同性愛カップルに付与する「市民婚」制度を支持。同性婚を禁じる合衆国憲法修正に反対する一方、同性婚推進にも反対の姿勢を明確にしている。
オバマ氏は過去の法案への投票分析から「最もリベラルな上院議員」(ナショナル・ジャーナル誌)とされるが、同性婚反対については「私はキリスト教徒だ」と宗教上の理由を挙げるなど、保守的な面も併せ持つ。
こうした「二面性」を持つオバマ氏は、中絶や同性婚を頑強に支持するリベラル派の立場とは異なる。これは保守派を主流とする伝統的な米社会の実態と無縁ではないとみられている。
米世論調査機関ハリスの調査(3月発表)によると、08年の民主党支持層は36%で、共和党支持層の26%を84年以来、24年ぶりに2ケタの差をつけて上回った。しかし、自身を保守派と考える人は37%で、リベラル派18%の約2倍だった。
同社の調査では過去40年、保守派は4割前後、リベラル派は2割前後の傾向が続いており、「米国は中道右派の社会」(ブッシュ前政権のカール・ローブ次席補佐官)との見方を裏付けている。
また、ギャラップ社の調査(6月発表)によると、共和党支持層の73%が保守派だったのに対し、民主党支持層のリベラル派は38%にとどまり、穏健派40%、保守派22%と分散した。同社は「共和、民主とも08年に比べわずかだが保守化が進んでいる」と分析している。
ブッシュ前共和党政権でスピーチライターを務めたピーター・ウェナー氏は保守系ブログに「08年大統領選はオバマ氏の個性が導いた勝利であり、(リベラル派の台頭による)イデオロギーの転換点ではなかった」と指摘した。
(中略)
ギャラップ社の5月の調査では、中絶反対派は51%で初めて5割を超え、中絶容認派(42%)を抜いた。中絶容認のオバマ氏への反動とも言える。(中略)
(同性婚についても)世論の大勢は同性婚反対派だ。ピューリサーチによると、マサチューセッツ州最高裁判決後の04年には反対派は63%で、容認派の30%の2倍超を占めた。ブッシュ政権末期の08年に反対派は49%まで低下するが、オバマ政権発足後は54%に再び上昇した。ここでもオバマ政権への逆バネが表面化した。【7月16日 毎日】
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中道右派の保守的な価値観がアメリカ社会に根強く、リベラルな面もあるオバマ大統領誕生で、むしろ保守化への逆バネが起きている・・・という構図のようです。