原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

娘を裏切ったのは母親のあなたの方だ!

2012年02月06日 | 人間関係
 そもそも親ともあろう立場の者から、如何なる事態に直面したとて自分の子供に“裏切られた”という発想が出るものなのか??
 ろくな子育てもしていない馬鹿な親が、後々立派に成長した子供に“捨てられる”事はこの世に多々あれども、親が子に“裏切られた”との観念はどう考察しても私には不可解である。


 と言うのも、2月4日朝日新聞別刷「be」“悩みのるつぼ”の相談のタイトルが 「高校生の娘に裏切られました」 だったのだ。
 相談者は55歳の主婦、そして娘さんは高3生とのことだ。 原左都子の母娘関係とほぼ同年代である。
 一体全体、この相談者である母親はまだ未成年の高校生である娘さんに“どのように裏切られた”のか訳が分からないまま、相談を読み進めた原左都子である。

 そしてこの相談を読み終えた私は、「娘を裏切ったのは母親のあんたの方だろ!」との許し難き怒りと共に、高校生という未熟で多感な時期に人生に於ける重大な危機の試練を一人で乗り越えた娘さんの心情を思い、同年齢の娘を持つ親の立場としてその健気さに泣けてしょうがなかったものだ…。

 それでは、“悩みのるつぼ” 「高校生の娘に裏切られました」 の内容を以下に要約して紹介しよう。
 55歳の主婦であるが、「知らない方が平穏だった」という事実が我が身に起こってしまった。 4ヶ月程前に高3生の娘が妊娠し堕胎していた事を、娘の知人の母親から知らされたのだ。 私は何とうかつで愚かな母親なのだろう、娘にボーイフレンドがいることは知っていたが娘の妊娠・堕胎の事実に今日の今日まで一切気付かずにいた。 何より情けなく悲しいのは、ずっと娘が何一つ取り乱すことなく普通に毎日を送っていたことだ。娘には罪悪感や自責の念はないのだろうか? 私がもっとも嫌っているあちら側の人間、すなわち倫理的、道徳的に許されない行為をする人間に娘がなってしまったことが何よりも悲しい。 私自身の学歴に対する深いコンプレックスから娘に受験させ失敗したこと、夫と不仲であること等の原因が大きく影響したのかもしれない。 現在の私は母親としての自責の念と喪失感、娘への嫌悪感という気持ちがせめぎ合っている。 娘にはまだ問い詰めていないがアドバイスをお願いしたい。
 (以上、“悩みのるつぼ”の55歳主婦の相談内容を要約引用。)


 原左都子の私論に入ろう。

 この相談者は「母親」じゃないね。
 厳しい言い方をすると、こんな浅はかな思考しか出来ない奴は絶対に子どもを産むべきじゃなかったよ。
 
 この母親と娘さんとの18歳の年月に及ぶ親子関係とは、一体如何なるものだったのだろう?
 私が推測するに、娘さん側は妊娠・堕胎という自分でも予期しなかったであろう人生の重大な危機に瀕して、冷静に対応できているように感じる。 もちろんたとえ未成年者と言えども、このような事態に至ることのないよう前もって方策を講ずるべきだったかもしれない。 
 だが実際にその危機に瀕した場面において、未成年の自分にとって一番の味方かつ支援者であるべく母親がこれ程キャパ貧で視野が狭い人物である現実下で、娘さんはこの母には相談すら持ちかけられない実情だったという事ではなかろうか?
 誰しも相談者とは自分自身で選びたいものである。 特にその課題が重大な懸案である程そうである。

 ここで参考のため、法的措置として婚姻関係のない未成年者同士が医療機関で堕胎する場合は保護者の同意が必要と原左都子は心得るのだが、この娘さんは1歳年上のボーイフレンドの保護者に同意を依頼したのであろうか?
 せめてそれがうまく機能してその時の周囲の対応が娘さんの心の拠り所となっているが故に、今娘さんが“信頼できない実母親”の前では辛い心情を抑えつつも何もなかったごとく振舞えていると想像できる事に、私は救いを求めたい思いだ。

 それにしてもこの相談母親は、娘さんが人生の重大な危機を自分自身で“後始末”した事を人づてに知った後、性懲りも無く「知らない方が平然だった」とほざきつつ娘への嫌悪感を抱いている様子だ。 (やはり、こんな奴は親じゃないよ! あるいは大変失礼ながら相当の低脳人種か??)
 少なくとも親とはその事実を知ったならば、子どものためにすぐさま動くべきである。
 その時にはもちろん、辛い事実を一人で乗り越えた娘さんの心情を理解して、親としてこれ以上娘さんを傷つけないように行動する事が基本であるが。 

 この母親にはその行動力や思考力すらなくて、新聞投稿により自分の思いを晴らすしか手立てがなかったのであろうか?
 そんな親どもに対する教育力を失っているこの国家に於いて、現世の世にはこの種の“馬鹿親”がごまんと存在するのだろうか??


 少なくとも人の親となろうとする大人とは、「コンプレックス」など抱えていてはならないと私は考える。  子育てとは親にとっては厳しい試練の日々である事には間違いない。 親が下手な「コンプレックス」を抱えその解消を自分が産んだ子供に求めたのでは、この厳しい時代に産まれ出た子ども達は困惑、迷惑するばかりだ。
 
 元々独身願望が強かった私の心理的根底には、既にその種の思想(すなわち、将来生まれ出る我が子に自分のコンプレックスを転化するようなことがあってはならないとの思想)が確固として存在していた。
 原左都子の場合その思いが「コンプレックス」とまでは表現できない種のものだったかもしれないが、自分が目指すべく方向に於いて未だ自分の真の夢を叶えていない感覚が脳裏に蔓延っていたのは事実である。 その夢を自分自身の力で叶えた後に、未来像の一つとして結婚や出産があるような気がしていた。

 通常、世の中の人々とはそこまで考慮した上で結婚・出産を決断している訳ではないのであろうことも理解してはいるのだが…。


 本エッセイの最後に、今回の“悩みのるつぼ”回答者であられる 社会学者・上野千鶴子氏 の 「『ごめんね』から始めてください」 との回答を紹介して締めくくろう。

 この質問、何度読んでも不可思議だ。 あなたの娘さんに対する愛情を感じることができない。 高3生の少女が望まぬ妊娠をし、それを親にも相談できず“普通に生活する”ためにどれ程の努力をしたことだろう。 娘さんの態度には、どんなことがあっても母親には知られまいとの固い意志が見て取れる。 娘さんは望まぬ妊娠と中絶により既に十分傷ついている。その娘を“あちら側”に追いやっているのは他ならぬ母親のあなただ。 どうか、今はそんな娘さんに対して「ごめんね」と謝るべきだ。


 原左都子の私論としては、相談母親が今さらこの娘さんに謝罪したとてこの母親の持つ根本的愚かさを解消できるすべもないと思う。 だがもしかしたら遠い未来に娘さんが成長した暁に、こんな馬鹿な母親を受け入れてくれる時も訪れるのかもしれない。

 そんな遠い未来を描きつつ、やはり相談者であるあなたは今、娘さんの母親として至らなかった点を詫びて「ごめんね」を言うべきだよ。

原左都子が選ぶ 「ドナ・サマー」 トップ10

2012年02月04日 | 音楽
 (写真は、身内の結婚式会場でエレクトーン演奏・伴奏を担当した20代後半の頃の原左都子。 写真の私の頭は、地毛のロングヘアを美容室にて時間をかけてセットしてもらったものである。 当時音楽好き仲間の一部の間でロングワッフルヘアスタイルが流行っていたが、これは70年代頃より世界を一斉風靡したディスコ・ソウル系黒人アーチスト達のヘアスタイルを模倣して流行したものと思われる。  古い写真を転撮したため、いつもながら不鮮明で見辛い点をお詫びします。)


 「原左都子エッセイ集」“音楽カテゴリー”において既に定着した「トップ10」シリーズだが、 その第5段として今回取り上げるのは ドナ・サマー である。

 70年代ディスコファンの原左都子にして、今さら ドナ・サマー を取り上げるのは時遅しとも言えるのだが、何故今回 ドナ・サマートップ10を公開したくなったのかと言うと、それには私なりの理由がある。

 本エッセイ集において、「狛プー」(狛江市青年教室)の活動に関してバックナンバーで何度か取り上げさせていただいた。
 その「狛プー」の2012年1月の活動企画内容が 「はじめてのDANCE 狛プーStyle」 だったのである。 
 狛江青年教室の元々一参加者であった若き世代の“エンディさん”(仮称)が、現在は講師の立場で中心的人物となって「狛プー」を企画運営しておられる。 そんなエンディさんが今回企画実行されたダンス会合に、元々ダンス好きの私が乗らないはずもない。
 そして昨月中旬頃、私は「狛プー」のダンス会合に参加させていただいたのだ。 
 参考のためエンディさんという人物とは、現在世界中の若者を中心に流行しているコンテンポラリー系ダンスステップをある程度マスターしている方である事を、私は今回初めて知った。
 今尚70年代ディスコソウルダンスを自分なりに“テキトー”にアレンジした中途半端なダンスを踊り楽しんでいる私には、コンテンポラリー系ダンスの分野とは、技術的にも体力的にも到底ついていけない未知の世界と実感させられたものだ…

 ところがそのエンディさんは、ご自身のダンスを今現在の音楽に合わせるのが苦手なのだと言う。
 そんなエンディさんが普段コンテンポラリーダンスステップを踏む練習のために、70年代ディスコサウンドも活用されているとの事だ。
 
 そして、エンディさんが「狛プー」ダンス会合終盤において流してくれたのが ドナ・サマー の「Hot Stuff」だったのである。
 “真正70年代ディスコファン”の私としては、このサウンドが流れてこそ息づくというものだ!


 さて、昨年夏頃より某体育館に併設されているダンススタジオにおいてウォークマンを耳に“単独ダンスレッスン”を始めた私であるが、そのダンススタジオがプログラム変更のため短時間のみの使用に限られている現状である。 その代替手段として、既に他のスタジオ使用を視野に入れてはいる。

 それはそうとして、今回「狛プー」で一瞬耳にした ドナ・サマーの「Hot Stuff」が耳にこびりついて離れない原左都子であった。
 そうなれば早速 ドナ・サマー のCDを買い求める事になるのは当然の成り行きということだ。
 
 そして間もなくネット通販で届いた ドナ・サマー CDは、やはり実に素晴らしい。


 そこで今回は、原左都子が70年代に東京のディスコ現場でダンスに明け暮れた時代を回想しつつ、ドナ・サマー の名曲をランキングして以下に紹介することにしよう。


   1位   「アイ・フィール・ラブ」

   2位   「ホット・スタッフ」

   3位   「マッカーサー・パーク」

   4位   「情熱物語」

   5位   「バッド・ガール」

   6位   「ワンダラー」

   7位   「オン・ザ・レイディオ」

   8位   「ラスト・ダンス」

   9位   「ヘブン・ノウズ」

   10位  「愛の誘惑」


 今回原左都子が1位に位置付けた「アイ・フィール・ラブ」に関しては、70年代にディスコで聴いた瞬間から歴史を超えて長年我が脳裏に刻みつけられており、今尚忘れもしない名曲と評価するのだ。


 そんな私が今現在この楽曲を分析してみるに、現在世界で何故か高い評価を受けている我が国の歌手 由紀さおり氏 が遠い昔に歌ってヒットした「夜明けのスキャット」と共通項があるように感じる。
 ドナ・サマー氏による上記1位の「アイ・フィール・ラブ」もほとんど歌詞がないに等しい楽曲である。
 この曲と由紀さおり氏による「夜明けのスキャット」とが大幅に異なる点は、歌手である本人達の音声とバックのサウンドであることは誰が聴いても明白だ。
 だが両者の共通項とは音声とバックサウンドとのマッチングが絶妙に素晴らしいところにあり、その点において両者共々を私は評価したい。


 その他の ドナ・サマー の楽曲はすべてアップテンポのディスコヒット曲であるが、それを我がウォークマンに録音して、昨日ダンススタジオまで持参した。
 現在はダンスのみならずトレーニングジム内の走路を利用してランニングにも励んでいる私であるが、自分好みの楽曲をイヤホンで聴きながら走ると心身共々実に活性化されるね~~。

 そのうち、短距離マラソン大会にでも出場したい希望も抱いている原左都子なのよ~。

他者からどう評価されたら一番うれしいか?

2012年02月02日 | 人間関係
 昨日(2月1日)、娘が以前通っていた美大予備校の講師氏より招待状を頂戴した事をきっかけに、娘と共に現在東京上野で開催中の 東京芸術大学卒業・修了作品展 を訪れた。

 平日昼間であるにもかかわらず大勢の鑑賞者で混雑している中、まず最初に招待状の主である講師氏の作品を拝見しようとのことで、その展示場に足を運び観賞していた。 タイミングよく娘の講師先生が作品の近辺におられたようで、我々の方へ近づいて来られた。
 講師先生と娘が2、3会話をした後は、保護者である私がご挨拶申し上げる段となる。 通り一遍ではあるが過去の指導御礼や娘の現在の状況を語り、講師先生(この度修士過程を修了される人物であられるが)の修了後の進路等々もお聞きした後は、やはり“いい大人”としては展示作品の論評を申し上げるのが礼儀というものであろう。
 ところが美術方面に関して素人の立場から、このような場面に於いて作品に対する論評など語れるすべもない。

 以前個人的な知り合いの芸術家氏に、「芸術作品に関する論評とは、たとえ素人であれ感じた事をそのまま表現して許されるものなのか?」 と尋ねたことがある。 おそらくその芸術家氏は相当器量の大きい人物であられるから故と判断するが、「それで十分であるし、その方がよい」と応じて下さった。
 そのような経験もあり、「原左都子エッセイ集」“芸術カテゴリー”のバックナンバーに於いてはずっと我が素人もどきの論評を勝手気ままに述べ公開してきている。

 それはそうとして、今回訪れた東京芸大卒業展はこれからこの世に羽ばたこうとしている芸術家の卵達の展覧会である。 そんな場において、いい年をした大人が素人の立場で自分勝手な多言を吐けるはずもない。
 などと頭の中で咄嗟の計算をしつつ、私の口から出てきた言葉とは 「綺麗ですね」 との陳腐で貧弱な感想の一言であった… (こういうのって、論評好きな原左都子としては自分でも言った後で心外なんだけどね……)
 さすが、相手の講師先生もお若い。 「作品の細部までよくご覧になって下さい」とのご返答であった。
 よ~~く細部まで観賞する“ふり”をした後、「今後のご活躍を期待申し上げます。」などと挨拶申し上げてその場を去った私である。
 (ここで付け加えさせていただくと、講師先生の「白」で統一された作品は私の目には嘘偽りなく本当に「綺麗」でしたよ!!  )


 さて、大幅に話題を変えることにしよう。

 本エッセイ集バックナンバーに於いても幾度か“人が若く見えてどうなのか”の話題を取り上げ綴り公開しているが、どうも女性にとっては「若く」見えるかどうかが今尚重要な論点になっている様子である。

 と言うのも、最近朝日新聞「声」欄において“女性が若く見える”べきか否かに関して議論が交錯している現状のようだ。

 例えば1月19日「声」欄では50歳女性による「“若く見える”価値どれ程」とのご意見があった。 以下に一部を要約して紹介しよう。
 若く見えることを自慢する人を多く見かける。 それがそれ程価値があることなのか? 体質面で衰えが早い人等様々な人が存在する中で、若く見える事とて努力もあるが遺伝にもよる。 日本人が見た目の「若さ」にこだわる根底には、そもそもアジア人特有の目上の人に敬意を示す思想がある。 だが、テレビで見た限り諸外国ではそのような事で人に対する敬意を示す思想はないようだ。「若く」見えることそれだけが褒め言葉になる価値はないと私は思う。

 これに対して、1月23日「声」欄に「若く見えるは活力ある証拠」と題する49歳女性による異論投稿があった。 同じく以下にその内容を要約しよう。
 本当に「若く」見えるならばやはり賞賛に値する。 高齢出産の私にとっても若いママ達と情報交換する機会を得、頭も心も活性化する日々だ。 若く見えるのは活力のある証拠と思う。若さを自覚すれば細胞も活性化するだろうし、歩幅も自然と広がるであろう。 晩婚も高齢出産も珍しくない今、そういった人生の節目に高齢化が目立つがこれからも活力のある素敵な人に出会いたい。


 原左都子の私論に移らせてもらうが、この私も普段から年齢より相当「若く」見られていることを本エッセイ集において幾度となく公開させていただいている。

 年齢より「若く」見てもらえる事とは確かに一瞬うれしいものであるのかもしれない。
 ところが私の場合は、自分が置かれてきた職業等の立場上、実年齢より若く見られることがマイナスに繋がる機会が多い人生だった事に関しても再三バックナンバーで触れてきている。

 今現在も一応有難い事に「若い」と言ってもらえる場面は数多いが、この世間の反応を如何に解釈していいのやら戸惑う事があるのも現状である。
 私の場合は決して「声」欄上段の50歳女性が書かれているがごとく、日頃「若く」見える事にこだわった人生を歩んでいる訳ではない。 
 ましてや「声」欄下の49歳高齢出産女性の主張のごとく、周囲の若きママ達と情報交換したいなどの迎合目的は私には元々一切なく、あくまでも自分自身の教育方針を貫いて来たが故にむしろ子どもを設けた後は若き世代のママ達の反感を買ってきた人生なのかもしれない…

 そんな原左都子の人生経験やそれに基づく思いとは、何歳になっても単に「若く」見てもらいたいだけの人達には一生理解してもらえないのだろうなあ。


 と思い返した場合、冒頭の東京芸大修士課程を今卒業して社会に飛び立とうとしている講師先生の気持ちが少しは理解できるようにも感じるのである。
 せっかく私が丹精込めて制作した卒業作品展を観賞しに来てくれたなら、もっとずっと細部まで見ていってよ…
 
 原左都子とて、思いは同じだなあ。
 せっかく私の人生に少しでも触れてくれる機会があるなら、一見「若く見える」事なんてどうでもいいから、もっとずっと細部まで観察して評価してよ……