何ごとも詰(つ)めを誤(あやま)ると、すべてがご破算になる。
「ははは…詰みましたな」
二人のご隠居が縁台将棋を指している。白髪のご隠居が、いかにも、どうだっ! と言わんばかりに自慢げに言った。
「… ダメかっ! もう一番!」
盤面を睨(にら)む相手のご隠居は、禿(は)げあがった頭を片手で撫(な)でつけながら、口惜(くや)しそうに頼み込んだ。
「いや、そうしたいんですがな。このあと、会社の元役員会のお歴々(れきれき)と会食がありまして…。後日、また…」
そう言いながら、白髪のご隠居が席を立とうとしたそのときだった。
「あっ! 詰んでませんぞっ!!」
禿げ頭のご隠居が突然、大声で叫んだ。立ち上がりかけた白髪のご隠居はその声に驚き、慌(あわ)てて座り直すと盤面を見据(みす)えた。
「コレ! で、どうです?」
禿げ頭のご隠居が鬼の首でも取ったような顔つきで、盤面に手駒(てごま)の[銀将]をビシッ! っと打ち据えた。これがなかなかどうして、[詰めろ]を防ぎつつ[王手]となる最善の妙手で、相手の王は即詰みに討ち取られる形になっていた。
「ははは…こちらが詰みましたか。どうも詰めそこねたようですな。…参りました。では、これにて…。いずれまた」
白髪のご隠居は素直に負けを認め、一礼しながら立ち上がると部屋から去った。禿げ頭のご隠居は、ご満悦で風呂に入ろうとした。ところが、である。湯栓をしていなかったためか湯は浴槽に溜まっておらず、出っぱなしになっていた。禿げ頭のご隠居は詰めを誤り、負けていた。
完