残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《剣聖②》第五回
何が面白いのかがよく分からず、左馬介は、ふたたび訊ねた。
「それは、どういうことです?」
「なにね、権十から私も聞いたんですよ」
「えっ? 葛西の百姓の権十ですか?」
「ええ、そうです」
なんのことはない。鴨下も葛西の権十から聞いたという。よく考えれば、道場から一歩も出ていない鴨下が、そんな詳細に、蟹谷の事情について知っている訳がないのだ。というか、ほとんど知ることは出来ない筈であった。だから、権十から聞いたとなれば理屈も合うし、真実味も随分と増す。
「それで、どうだと云うんです?」
真実味が増す分、余計に詳しく知りたくなる。幻妙斎は、恐らく蟹谷の前へ忽然と現れたのであろう。そこ迄は左馬介にも想像は出来る。問題は、二人の間にどのような遣り取りがあったのか…である。
「なにね。権十が云うには、千鳥屋へ奴が行ったときのことらしいです。千鳥屋の料理膳に供する材料を、いつものように調理場で花板へ渡し、その帰り道…。と、云いましても、暖簾を潜って外道へ出、数歩も行かないところで、バッタリと蟹谷さんに出会ったと、こう云うんですよ」