水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

泣けるユーモア短編集-79- 現役

2018年04月24日 00時00分00秒 | #小説

 現役といえば、今も活動している状態である。当然、その逆は、退役とかOBと呼ばれる存在だ。お金でも使われなくなった旧札(きゅうさつ)や硬貨は、すでに現役ではない。人なら現役でなくなっても、まあ監督とかコーチといったスタッフとして活躍する場もあるが、お金の場合はただの紙屑(かみくず)、金属屑でしかない。それがたとえ過去に¥10,000の価値があった札(さつ)だとしても・・単なるゴミなのである。まあせいぜい、古銭商に売買されたりはするのだろうが、それでも遣(や)り取りされる値段は骨董(こっとう)的価値でしかないだろう。と、なれば、現役である状況は、大いに値打ちがあるということになる。
 とある中央省庁である。明日付けをもって定年退官する部長の出顎(であご)が庁舎を挨拶回りしている。
「お疲れさまでした。いよいよ明日でお別れですなぁ、出顎さんっ!」
「いやぁ~どうも…。奥目(おくめ)さんには何かとお世話になりましたっ!」
 出顎は部長仲間の奥目に手を差し出し、笑顔で握手を求めた。二人は数年の年の違いこそあれ、古くからの飲み仲間として付き合ってきた間柄(あいだがら)だったのだ。
「ははは…私だって現役は、もう数年ですよ。その節(せつ)は、よろしくっ!」
 何をよろしく? なのかは知らないが、奥目は握手をしながら意味不明な言葉を吐(は)いた。
「分かりましたっ! その節は…」
 出顎にはそれが分かるのか、軽く応諾(おうだく)した。
 現役を一端(いったん)引く出顎だったが、すでに新しい現役復帰への舞台は用意されていた。その舞台への根回しを奥目は暗(あん)に言ったのだ。どこかで聞いたような話ではある。^^
 現役後、ただの人となり果てる人々にとって、ぅぅぅ…と泣ける羨(うらや)ましい現役話だ。

                               完

  ※ 旧札、旧硬貨は金融機関で現行通貨と換金すれば、価値は旧通貨と同じように使えますから悪しからず。^^



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