水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

泣けるユーモア短編集-80- ノルマ

2018年04月25日 00時00分00秒 | #小説

 ノルマ・・今の時代、この言葉もすでに日本語となりつつある外来語である。ノルマを達成する・・とかの意味で使われるが、要は、自分に課せられた仕事や持ち分の処理量を指(さ)す。ノルマを達成しないと、当然ながら支給額が減ったり、怒られたりして、ぅぅぅ…と泣けることになる。
 とある設計事務所である。
「そろそろ出来ましたか、打身(うちみ)さん?」
 所長の主任設計技師、捻挫(ねんざ)が、デスクから重そうに腰(こし)を上げた。
「はぁ~、一応、私のノルマですから、出来てはいるんですが…」
 打身は奥歯に物が挟(はさ)まったような言い方で暈(ぼか)した。
「出来てりゃいいんですよっ、出来てりゃ! 先方に見せりゃいいだけの話なんですから…」
 捻挫は、りゃ・・を多用して言った。
「それが今一、納得いかないんですよねぇ~、イメージがっ! 僕的にはっ!」
 打身は持論(じろん)を展開した。捻挫はイメージなんか、どうでもいいんだっ! ノルマ、ノルマ!… と思った。そこへ戻(もど)ってきたのが、外渉(がいしょう)で出ていた皹(ひび)である。
「いゃ~、参りましたよ、所長!」
「どうしました? 皹さん」
「どうしましたも、こうしましたもありません! キャンセルですっ!」
「ええぇ~~~!! そ、それじゃ、今月の目標ノルマが達成出来ないじゃないですかっ!」
「私にそんなこと言われても…」
「それは、そうなんですが…」
 捻挫は泣けるような顔で語尾を濁(にご)した。事務所の賃貸(ちんたい)料が捻挫の脳裏(のうり)を過(よ)ぎったのである。と、そのとき、打身が突拍子(とっぴょうし)もない嬌声(きょうせい)を発(はっ)した。
「あっ、ああぁ~~っ!! それOKです~~ぅ!」
「OKって、君(きみ)!」
 捻挫は訝(いぶか)しげに打身を窺(うかが)った。
「今の電話、気が変わったって伝えてくれって…」
「オオッ!! オオ、オオッ!」「ヨッシャ!!!」
 捻挫と打身は同時にサッカーでゴールしたようなガッツポーズをした。ひとまず、今月のノルマは達成された訳である。とりあえず、事務所の傷は癒(い)えた。そのとき、点(つ)けっぱなしの事務所のテレビがガナった。
『アディッショナル・タイム!! 出場を決める劇的なっ! サヨナラ・ゴォ~~~~ルッ!!』
 アナウンサーがマイクを引きちぎるような声で絶叫(ぜっきょう)した。三人の目が思わずテレビ画面に注(そそ)がれた。
「ノルマは達成されたか…」
 捻挫が悟(さと)った僧(そう)のような声でポツリと呟(つぶや)いた。
 まあ、ノルマとは、こんな感じで喜怒哀楽(きどあいらく)を与えるものなのである。^^

                               完


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