水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

泣けるユーモア短編集-62- ああして、こうして…

2018年04月07日 00時00分00秒 | #小説

 ああして、こうして…とアレコレ考えてから動けば、結構、早く済む。ああして、こうして…と巡らずにやるのが、思いつき・・と言われる動きだ。この場合、巡っていないから、どうなるか分からず、出たとこ勝負となり、大いに危うい。当然、ぅぅぅ…と泣けるようなことにもなりかねない。そこへいくと、ああして、こうして…と巡っている人は、首尾よく思い通りにいかなかったとしても、その逃げ筋(すじ)[将棋]、凌(しの)ぎ筋[囲碁]、安全牌(パイ)[麻雀]などを準備しているから、滅多なことで、ぅぅぅ…と泣けることにはならない。
 旅の途中、ふと思いついてルート変更した二人が、元のルートへ戻ろうとしている。
「大丈夫なんですか? こんなにゆっくりしていて…」
「ははは…大丈夫、大丈夫!」
 陽はすでに西山へと傾き、次第に薄暗さを増していた。二人は、トボトボと元来た道へと急いだ。しかし、行けども行けども、元来た道は現れない。それもそのはずで、二人は別の脇道へと迷い込んでいたのである。
「全然、大丈夫じゃないじゃないですかっ!!」
 従っていた男はリードした男に文句を言った。
「ははは…大丈夫、大丈夫! …じゃないな。これは、怪(おか)しい! 実に怪しいっ!」
「ちっとも怪しくないですよっ! 私ら、道に迷ったんですっ! ・・・折角(せっかく)、私がああして、こうして…と考えてたのにっ!」
「ああして、こうして…?」
「そうですよっ! 夕暮れに宿へ戻(もど)り、温泉に浸(つか)かったあと、いい気分で一杯やりながら美味い料理に舌鼓(したづつみ)をうち、で、カラオケで唄う訳ですよっ!」
 辺りはすでに漆黒(しっこく)の闇(やみ)と化していた。万一を考え、持参した懐中電灯の灯りが、二人の唯一の命綱だった。
「仕方ないじゃないですかっ! ぅぅぅ…」
「泣かなくてもいいでしょうがっ!」
 そのとき、巡回中のパトカーが通りかかり、止まった。
「どうされました?」
 警官が訝(いぶか)しげに訊(たず)ねた。
「ぅぅぅ…ああして、こうして…がっ!」
「はあ?」
 その後、事情が分かり、二人は無事、温泉宿へと送り届けられた。どうにかこうにか、めでたし、めでたし…。
 ああして、こうして…は、やはり、欠かせないのだ。

                               完


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