金属は熱を加えれば、大よその物は曲がるか、溶ける。人も程度の差こそあれ、曲がって生きている。まあ人の場合は、自(みずか)ら積極的に曲がる人、影響を受けて曲がりやすい人、なかなか同調せず曲がりにくい人・・などと分かれるが、それでも少なからず曲がらなければ世間では生きられず、遠退(とおの)くことになる。曲がりにくい人は頑固(がんこ)者と呼ばれるが、さらに、まったく曲がらない人は宗教者、芸術家、芸能人などといった独自の分野で光を自ら発する人々で、世間とは一線を画(かく)す。いわば、他の人々を自らの光で曲げる能力がある人・・ということになる。
「はいっ! それはもう…。私がやっておきますので、課長は先方の接待へお行き下さい…」
「そうか? すまんな、軟場(なんば)君」
「いえ…」
係長の軟場はグニャリ! と自ら曲がり、課長の鋼原(こうばら)にピタッ! と溶け込むように接着した。
それを遠目で見ていたのは、そんなお調子者の軟場を快(こころよ)く思わない平社員の陶山(とうやま)と硝子(がらす)だった。
「チェ! 軟場のやつ、また曲がってら…」
「ほんと! あの方、よくもまあ、あれだけ柔らかく曲がられますよね、陶山さん」
「君もそう思うだろ?」
「ええ!」
「フンッ! 料亭かっ! こっちは屋台だっ! 行くぞっ、硝子!」
「はい!」
腹立たしくデスクの椅子を立った陶山に肩を叩(たた)かれ、硝子は釣られるように席を立った。硝子は陶山に完全に溶かされて曲がり、形のいいグラスになっていた。
多数から浮き上がるのが嫌(いや)で、いつの間にか多数に入って曲がることは、世間で、よくある。
完