水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

よくある・ユーモア短編集-70- 急がば回れ

2016年12月01日 00時00分00秒 | #小説

 仕事を終え帰宅した魚川は夕方、コツコツと炊事をしていた。というのも、妻の藻花(もか)がお産のため入院しているためだった。
「ああ、しんどいなあ…」
 愚痴ともつかぬ独りごとが思わず口から零(こぼ)れた。何か作ろうと…とは思ったが、何を作るか・・までは決めていなかったから、魚川はキッチンに立ち、腕組みをした。だが、これ! という食べたいものが浮かばない。仕方なく茶の間へと引き返し、テレビのリモコンを押した。すると、別に番組を選んだ訳でもないのに料理番組が画面に映し出された。
『え~今日は、鮭(さけ)の[鍋風仕立て]ですね?』
『はい。調理は至って簡単ですから…』
 アナウンサーが調理士に振り、調理士は馴れたようにスンナリと返した。その画面を観ながら、魚川は、『石狩鍋じゃないんだ?』と、一瞬、どんな? と思ったが、調理が簡単と聴こえ、これにするか…と思い立った。上手(うま)くしたもので、昨日の仕事帰りに寄ったスーパーで食材はかなり買い込んでいた。確か、その中に鮭パックがあったことを魚川は思い出した。よし! 決めたっ! と、勇(いさ)んで立ち上がった魚川はキッチンへと急いだ。ところが、である。冷蔵庫の中には鮭パックはなかった。はて? と、中をくまなく探したが、やはり見つからない。気は急いていたが、見つからないものは仕方がない。自分に腹が立ってきた魚川だったが、怒っても仕方がない…と諦(あきら)めようとした。そのとき、だが待てよ! と気分が変わった。ここは一つ、バタバタと探さず、ゆっくりと考えよう…と思った。急がば回れ・・の発想である。魚川は昨日の帰宅したときの映像を脳裏に描いた。片手に買い物のレジ袋を持っていた。…レジ袋は有料だったな…あっ! そんなことはいいんだ…袋を持ってドアを閉め…。魚川は順々に昨日の映像を追った。そのとき、魚川は思い出した。飼い猫のパコに鮭をやったことを…。鮭パックは無塩のもので、2パック買ったのだった。その中の1パックを猫の食事用トレーに入れた訳だ。でもな…と魚川はまた回り回り考えた。もう1パックあるからな…。そのとき、また魚川は、そうだった! と思った。もう1パックは猫トレーの上のキッチン棚(だな)に置いたぞ…と。魚川はキッチン棚を見た。やはり鮭パックは、『お忘れですよ…』とでも言いたげに置かれていた。なんだ…と魚川は苦笑しながら、[急がば回れ]だな…と思った。
 物事は、落ちついて回り道をした方が上手くいくことが、確かによくある。

                            完


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