水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百八回)

2010年10月12日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百八回
その休暇となる前日は仕事納めで、この日は昼までの半ドンだった。、私は仕事もそこそこに、退社時間を待ちかねて監視室へと下りた。しかし監視室に禿山(はげやま)さんの姿はなく、一度も見たことがない三十代前半の年若な警備員が座っている姿が見えた。思わず近づくと、私は訊ねていた。
「あのう…、禿山さんはどうかされたんですか?」
「えっ? ああ、禿山さん? 禿山さんでしたら風邪で当分、休まれますよ。上手い具合に明日から会社がお休みですしね」
 若い警備員は軽い口調で淡々と云った。何が上手い具合に、だ! と、寝込んでおられる禿山さんを小馬鹿にしたような軽さに少し怒れたが、自然と冷静になれたのは、やはり玉の霊力が私を救ってくれたからに違いない。自分でも不思議なほど穏やかな気分が私の全身を包みこんだのである。
「恐れ入りますが、禿山さんのご住所とか、分かりませんかねえ」
「ああ…それなら分かりますよ。ちょっと待って下さいよ。ああ…ここだ。云いますよ…」
 警備員は社員手帳をペラペラと捲(めく)り、メモってある部分を探し当てた。
「はい! どうぞ」
 私は背広上衣から手帳を取り出し、備え付けの受付用ボールペンを握った。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣③》第十九回

2010年10月12日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣③》第十九
 その鴨下は、長谷川に云われたことで長谷川の真似をやめ、自らの判断で打ち込もうとしていた。それは或る意味、左馬介にとっては脅威なのだが、残月剣を完璧なものとする受けとしては理想的な対峙であり、正にこれ以上の稽古はなかった。
 二人は、ぐるりと左馬介の周囲を回る。最初の打ち込みをしたのは、やはり手慣れた長谷川であった。無論、左馬介も素早く察知して、竹刀を取りつつ身を前へ一回転して躱(かわ)した。鴨下もその光景は片隅から前回、見ていたのだが、やはり流石だ…と感心した。そんな心境では左馬介の相手になる筈もない。左馬介が一回転して立ち上がり、構える迄の空白の時が出来たその隙を突いて一太刀浴びせるぐらいでなければ、相手として価値がないのだ。鴨下は、ただ茫然と左馬介が中段に構える姿を見ているだけだった。要は、刺客的なギラついた逼迫感を欠いていた。決して、それが悪いというのではない。飽く迄も実戦態勢で臨む今の左馬介の稽古には適さない…という、ただそれだけのことである。それに、鴨下がいなければ、昨日迄の稽古と何ら変わらず、意味がない。そんなことで、左馬介としては、鴨下の腕や胸の内はどうでもいいことだった。鴨下が長谷川の後を追って左馬介に打ち込まなかったこともあり、最初に長谷川が放った一太刀は、昨日迄と変わりなく受けられた。
 


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