水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百十七回)

2010年10月21日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百十七回
ということは、このまま突っ走らせて眠気(ねむけ)会館へ行っても無駄足になるということを意味した。私は今日はやめにするか…と思い止(とど)まった。さて、そうなると、このまま家へ帰るか…と思えたが、俄(にわ)かに空腹感が襲ってきたので、私はA・N・Lへ車を回そうとした。だが急に、ラーメンが食べたくなり、行きつけの麺坊(めんぼう)へコースを変えた。店内は結構、客がいたが、予想より空いていた。
「へいっ、いらっしゃい!!」
「醤油…ニンニク入り、葱たっぷり…」
 カウンター椅子へ座って、即座に水コップを持ってきた男性店員に気取ってそう云った。店員も見慣れた客だ、と思ったのだろう。私が注文を云うのをメモりながら適度に入れる相槌にも誠意が感じられた。行きつけの店はいいな…と思えた。
「はい! 以上で?」
 私が無言で頷くと、店員は活気のある声で注文書きを復唱して調理人に伝えた。
「はいよっ!」
 カウンター越しに私の前へ立つ調理人も、勢いよく返した。
 それからしばらくして、出てきたラーメンを啜りながら、私は水を飲んだ。すると、ふと、『会館へ行きなさい…』と、どこからともなく、意志の声のお告げがあった。私は店内をキョロキョロと見回した。それを見ていたカウンター越しの調理人は、怪訝(けげん)な眼差(まなざ)しで私を見た。慌てて私は顔を伏せ、ラーメン鉢へ戻した。私にも、その声が直接、誰かが云う声ではなく、あくまでも意志の声なのだ…とは、分かっていたのだが…。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣③》第二十八回

2010年10月21日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣③》第二十八
「はは~ん。どうせ、静山あたりが漏らしたのであろう。いや、あ奴しか、おらぬからなあ」
 そう云うと、幻妙斎は声高に笑った。よく見れば、洞窟に座していた折りの師より、幾らか元気そうに左馬介には感じられた。
「お元気ならば、いいのです。しかしながら、それならば、何ゆえ、千鳥屋に宿泊されておるのですか?」
「ああ、それは静山のお父上、半太夫殿の計らいの故じゃ。静山とのこともあり、懇願されれば、無碍に断りも出来まいが…」
「はあ、それは、そうでしょう」
 左馬介にも粗方、話の概要は掴めてきた。要は、樋口が左馬介と幻妙斎を一度、目通りさせたい策を弄(ろう)したことに違いない…と思えたのだ。確かに幻妙斎は高齢ゆえ、いつ不測の事態が起ころうと不思議ではない。事実、そう悪くはないにしろ、左馬介が入門した頃に比べれば、幾分かの衰えはあるのだろう。だが、霞飛びで時折り、千鳥屋から消えていなくなると云う樋口の話からすれば、それも微々たるものに違いないのだ。そうであるなら、考えられることは一つ、やはり樋口が策したに違いない…と結論づけられるのであった。
「左馬介、せっかく寄ったのだから、まあ、ゆっくりと話の一つも、して参れ」


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