水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百五回)

2010年10月09日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百五回
ただ、霊力がいつから、どういった形で私の身体に備わるのか? といった疑問は残ったままだから、ほぐれたといっても、緊張が弛(ゆる)んだ…ぐらいだった。
 日々を意識して暮らすと、案外、そうならないものである。丁度、この時の私がそうで、霊力は…霊力か…と、一挙手一投足に気を回せば、全てが何でもないことだった。
「課長! どうかれましたか?」
 児島君の声を聞き、私はふと、我に返った。
「んっ? …いや、何でもないよ。ありがと」
 沼澤氏に電話を入れた日から五日ばかり過ぎたが何事も起きていなかった。それでも、内示された次長昇格は取締役会で正式に承認される運びとなった。つまりは、翌年四月の異動で次長に昇格することが決定したのだ。そうなると、私のポストは児島君が上るとして、いまの湯桶(ゆおけ)次長はどうなるんだ? と考えが及んだ。社内状況を述べれば、湯桶洗澄(あらずみ)次長[通称は仏のオケセン]は、老齢による勧奨退職者の一人に挙げられていた。しかし、力んだところで春先にならないと人事に無縁の私には、何も分からなかった。児島君は私の空(から)返事に怪訝(けげん)な面(おも)もちのまま自席へ戻った。その時ふと、課内の天井から声ではない意志の声がした。その声は耳に届くという性質のものではなく、なんと云うか…心理の声であった。もっと分かりやすく云えば、私の頭で囁(ささや)く意志の声だった。それまでは考えも及ばなかった発想が、ああして、こうして、こうなる…と、瞬間に考えられた…というか、浮かんだのだった。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣③》第十六回

2010年10月09日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣③》第十六
無論、その時の長谷川は、稽古相手を自分に代われ、という前提で云った経緯であるが、今の左馬介としては、二人に頼みたいのだ。即ち、二人同時に打ち込んで欲しい…という想いだった。そうしなければ、残月剣は無敵の刃にはならないような気さえ左馬介にはしていた。
 朝餉の膳を囲んだ時、左馬介は何げなく冗談めかして心底を吐露した。長谷川も鴨下も、黙ってその言葉を聞いた。
「出来ましたら、お二方にお願いしたい、と思っているのです。無論、いつもの稽古をされてからで結構ですから」
「俺に異存はないが…、鴨葱は、どうだ?」
「ええ、そういうことでしたら…と申しますか、私は如何ようにも…」
「お二方とも、有難う存じます」
 左馬介は、ぺこりと頭を下げた。
「ははは…、礼などいらぬことじゃ、他人行儀な。同門ではないか、なあ鴨葱」
「そうですとも、左馬介さん」
「それにしても、この前、鴨葱を、と冗談を叩いた俺だが…。まさか真(まこと)になろうとはなあ。ついに鴨葱の出番が来たか、なあ鴨葱。ははは…」
 


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