水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百二回)

2010年10月06日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百二回
 仕事中にかかったとしても何とかしよう…と私は思った。だから当然、バイブ設定のままにした。課へ戻ると、そろそろ昼休みが終わるという頃合いで、課員達が席へ着き始めていた。沼澤氏からの電話がいつあるか分からないから、私としては気が気ではなかった。それでも電話はなく、午後の仕事が始まった。多毛(たげ)本舗に端を発した我が社、とり分け、私の第二課の繁忙も、ようやく小康状態へ移行していたから、課員のひっきりなしに電話する姿も見られなくなっていた。とはいえ、年末年始の駆け込み需要を見越した慌しさは例年どおり続いていた。
 沼澤氏からの折り返し電話が入ったのは、二時過ぎだった。私としては、メンタル面での準備は万端、整(ととの)っていた。まあ、正直に云えば、それだけ仕事に熱が入っていなかったということになる。バイブし始めたポケットの携帯に気づいた私は、保留ボタンを押して席を立った。こうして、こうなれば、こうしよう…などと、心を整えているから、動作はスムースだった。
 今度はトイレには入らなかった。二度目だから、なんか臭い話をしているようで嫌だったこともある。上手い具合に使われていない大会議室があり、そこで話そうと思った。携帯を持たない沼澤氏だから、必然的にメールはやらず、話さねば情報が得られないパターンだから、やむを得なかった。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣③》第十三回

2010年10月06日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣③》第十三
 静で双方が構える場合、眼を閉ざしていても、ほぼ見ることが出来るのだが、周囲を回る相手となると、その姿が分からず、当然、相手の位置も分からないのである。長谷川との稽古で、漸く動く相手の位置は掴めるようになっていた。いつの間にか、受け手は左馬介、打ち込み手は長谷川、そして眺め役が鴨下という図式が決まりごとのように定着した。時を同じくして、左馬介の受け技は盤石の安定感を示すようになっていった。正確に云えば、隙そのものが全くと云っていいほど失せたのである。このことは、道場以外の場合、命を守る身の熟しが完全近くまで高められたことを意味した。十本が十本とも返されては、長谷川もそれを認めざるを得ない。
「おいっ、鴨下。一度、お前がやってみるか?」
「えっ? 私が…。では、無骨ながら一度、やらせて貰うとしますか…」
 そう云うと、鴨下は左馬介と長谷川の申し合いを、観ていた通りに真似て、やってみるか…と心中で算段した。この男、鷹揚な格ゆえか、事の重大さが今一つ分かっていない。長谷川は冗談の積もりで軽口を叩いたのだ。それを真に受けた節がある。左馬介は笑うのは失礼だと思え、ぐっと我慢して耐えたが、云った当の本人の長谷川は、腹を抱えて大笑いした。


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