水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《残月剣①》第九回

2010年07月26日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣①》第九
更には、乗せたまま、左右の腕を広げていく。その姿を前方より見れば、恰(あたか)も両手を高々と上げ、万歳した姿で剣を頭上高くに両手で掲げ持った様(さま)となる。それが新たに完成を見た構えで、暫し動きは止まった。次の一瞬、手指と手指の間に乗せられた刃は左手より離れ、柄(つか)を持つ右手のものとなった。そして、その右手は虚空で小さく一回転し、気合いの声もろとも、袈裟懸けに打ち下ろされていた。
「で、出来た…」
 荒い息とともに、左馬介は思わずそう呟いていた。半年以上は必要となろう…と踏んでいた新しい剣技だが、案に相違して早く完成した。左馬介の心中は、信じられぬ喜びでうち震えていた。漸く西山へと姿を消そうとする残月が、名残りの月明りを放って幾本も乱立する竹の姿を鮮明に浮き立たせている。
「残月剣…」
 ふたたび左馬介はそう漏らした。息遣いは先程とは違い、かなり落ち着きつつあった。左馬介は新しい技が完成したことを、一刻も早く師に伝えねば…と、思った。だが、道場へ戻れば鴨下や長谷川がいるのだ。このことを師へ最初に伝えるならば、二人には話せない。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第三十二回)

2010年07月26日 00時00分00秒 | #小説
   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第三十二回
訝(いぶか)しげな顔をして、早希ちゃんは不満げに水コップを準備しだした。
「マティーニでしたわね? …沼澤さんは、この近くで週二回、心霊占いの教室を開いておられるの」
 ママが早希ちゃんと私の不穏な空気を察知して、割って入った。
「えっ? ああ…そうなんですか」
 私はふたたび、隣に座った沼澤氏のことに気持が動き、水のことは忘れてしまっていた。
「心霊教室といいましても、そう大したもんじゃありませんが…」
 沼澤氏は偉く謙遜した。この人が、この店に突如として現われ、幸運がこの店に舞い込みます、などと嘯(うそぶ)いた人とは、私にはとても思えなかった。そうは云っても、酒棚に光り輝く水晶玉は、現実に存在しているのだった。
「あらっ、ご謙遜なされることございませんわ。この前、買った宝くじ、バッチリ当たりましたのよ。小旅行できるぐらいですけどね…」
 ママは大層、ご満悦である。
「やったじゃない、ママ。やっぱり、沼澤さんが云う通り、この玉の霊力なのよぉ~」
 水コップを私の前に置いて、早希ちゃんがやや大きめの声を出した。
「それは、あります…」
 沼澤氏は態度を豹変させ、霊術師のように厳かな声で静かに云い切った。妙な説得力がその言葉にあるのを、私は感じた。

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