水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《霞飛び②》第二十一回

2010年07月06日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《霞飛び②》第二十一
 やや小さめの掠(かす)れ声が部屋内より響いた。左馬介は幻妙斎はいるとは踏んでいたものの、やはり直(じか)に言葉を受けて、ギクッ! とした。幻妙斎は静かに続けた。
「獅子童子の鳴き声で儂(わし)がいると思うたか?」
 障子越しに響く声は、冷静そのものである。左馬介は、ここは答えない訳にはいかない…と、思えた。
「あっ、はいっ!」
「左様か…。庵(いおり)でこのようにして、そなたと話を致すのは初めてじゃったな?」
「はい、確かに…」
「それで、新たな太刀筋は如何じゃ?」
「はい、そのことでございますが…。今のところ、未だこれという形には…」
「なるほど…。まあ、気長に焦らず、ゆったりと取り組むがよかろう。期限とて別段、設けておらぬでな」
 そう云うと、幻妙斎は軽く笑った。
「はいっ、有難うございます」
 左馬介の言葉が終った時、獅子童子が俄かに起きだした。そして、その巨体にも拘(かかわ)らず、俊敏な動きで走り去った。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第十二回)

2010年07月06日 00時00分00秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
    第十二回
 他に熟(こな)す用もなく、ファミレスから直接、出勤した。社内駐車場で腕を見ると、いつもよりは一時間ばかり早く、社員はまだ誰も来ていないようだった。
「なんだ…塩山さんでしたか。夜は遅いし、朝は早いご出勤、ご精が出ますな」
 警備室のガラス窓からは、社内への出入者が一目瞭然で、通用門を潜(くぐ)る者は社内、社外の者を問わず赤ランプが点灯する仕組みになっている。もちろん、警備室からのみ見えるのであって、出入りする者からは見えない。当然、不審人物や暴漢用に緊急時の非常警報ボタン、監視カメラ、社内連絡用マイク等が完備し、システムは万全だ。私は、そのまま通過して課へ向かおうとしたが、立ち止まって、「いや、そんないい社員じゃないんですよ…」と、頭を掻きながら笑って暈した。禿山さんは見回り時の制帽を被っていないから、名前の通りの禿頭である。それも仏様のような光背の輝きを持つ見事なまでの丸禿頭なのである。しかも艶光りしていて、思わず合掌してしまいそうになるから困る。
「まだ皆が出てくるまで小一時間あります。どうです? よければ中で十分ほど話していかれませんか?」
 禿山さんは両頬を紅潮させ、赤ら顔で笑った。


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