水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《残月剣①》第七回

2010年07月24日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣①》第七
風はなく、昼間の暑気は未だ残っていたが、それでも道場内とは違い、水の流れが涼を呼ぶ。月は既に川向うの竹林へとその姿を消し、僅かに残月の光が竹林の梢から漏れている。左馬介は何を思ったか、急に立ち上がる腰の大刀の柄(つか)に手をかけ、引き抜いていた。辺りは僅かな残月の光のみで、あとは漆黒の闇が広がるばかりだ。中段、上段、脇、八相と徐々に構えを変えて剣筋を探る左馬介だが、これという閃(ひらめ)きがある訳ではない。ただ、何かを模索して操り木偶(でく)のように刀を上下左右に動かすのみであった。その時、左馬介の肩に迷う蛍が一匹、ふわりと止まった。そしてふたたび、ふわっと舞うと、左馬介の眼前を横切った。その蛍が中段へと構え直した刀の切っ先へ、ものの見事に止まった。左馬介の刀が、ぴたりと停止した瞬間である。動かすことなく構え続けはするものの、剣に集中出来る訳がない。それを知ってか知らずか、蛍は呑気に薄明るい蛍光を等間隔に瞬(またた)いて発し、いっこう飛び去る気配がない。左馬介は次第に焦(じ)れてきた。吹き出た汗が額(ひたい)から目頭(めがしら)へと伝い流れるのは、決して暑気だけの所為(せい)ではなかった。少しずつ手先が細かく震えだしたのは、構えたまま不動の姿勢を暫くの間、続けた頃であった。やがて一瞬、切っ先が下へと、ぶれた時、蛍は、ふわりと軽く舞い上がった。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第三十回)

2010年07月24日 00時00分00秒 | #小説
   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第三十回
「どんな人だろうな…。機会があれば一度、会ってみたいな」
 早希ちゃんの方を向いてそう云うと、彼女は聞いていない風で、何やら一生懸命、していた。
「ちょくちょく通ってくれれば、そのうち会えるわよ…」
 聞いていないと思ったが、実はちゃんと聞いている早希ちゃんだった。ただ目線は私にはなかった。
「何してるんだ?」
「ああ、これよ。最近、買ったタッチパネル式…」
 そういや巷(ちまた)ではどんどん携帯の新機種が出回っていて、私の携帯などは既に過去の遺物にでも認定されそうな骨董であった。それに比べ、最新型に買い換えた早希ちゃんは、それを弄(いじく)っていた訳で、たぶんメールでも打っていたのだろう。私などは携帯はシンプルで、電話の機能さえ果たせればそれでいい、と思っている部族だから、私自身も、もう過去の歴史的存在なのかも知れない。まあ、それは兎も角として、そんなことを思いながら飲んでいると、店のドアが開いて一人の客が入ってきた。

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