水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《残月剣①》第三回

2010年07月20日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣①》第三
 鴨下は焼き魚を皿へ盛る手を止め、そう云った。額(ひたい)には、うっすらと汗が滲んでいる。
「お手伝い、しましょうか?」
「いえ、もう終わりましたから…。そろそろ長谷川さんも来られるでしょうし…」
 その言葉通り、長谷川がゆったりと現れた。
「ははは…、おっしゃった通りですね」
 左馬介は余りの偶然に、思わず笑っていた。
「ん? …何か、いいことでもあったか?」
 長谷川は左馬介の笑顔に気づき、そう訊ねた。
「いやあ、別に…」
 左馬介は誤魔化して口を噤んだ。
「おう、それより、ぐっすり眠っておったぞ、左馬介。まだまだ修行が足りぬと見えるのう」
 ニタリと斜(はす)に構えて笑われては左馬介も、しまった! とと思える。つまらない寝顔など、、じっくり見られたに違いないのだ。そうなると仕方なく、笑って流すしかない。長谷川は幸い、深追いはしなかった。とてもこれでは新たな剣筋などは編み出せんな…と左馬介は自らを省(かえり)みて諦念した。


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スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第二十六回)

2010年07月20日 00時00分00秒 | #小説
   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第二十六回
 夕刻、ぶらりと私はスナックみかんのある繁華街へ向け、車を走らせていた。休日ということでラフな格好で出かけようか…と思ったが、会社でそれなりのポストを頂戴している身としては、得意先や会社関連の重要人物に遭遇することを考慮に入れ、慎重を期さねばならないから、中庸を心掛けて出かけた。とはいえ、時研では、あの出で立ちで闊歩しているのだから、或る種、矛盾している発想だったのだが…。
 いつものA・N・Lで軽い夕食を済ませ、コーヒーを飲んで時を流した。そして、六時を回った頃、みかんへ向かった。この前もそうだったように、少し早いか…とも思えたが、ママから電話をしてきたくらいだから店は開いているに違いない…と踏んでいた。この時間帯で店へ寄るのは、その時を含めても、これで確か三、四度だった。その中で、三度までもが水晶玉の一件に絡んでいた。霊術師で沼澤草次という老齢の紳士に私やママ、それに早希ちゃんの三人は翻弄(ほんろう)されている嫌いがあるようだった。しかし、はっきりとした結論めいた結果を導き出せない限り、引くに引けない。というか、みかんの連中はその沼澤氏の話にどっふりと浸かっているのだから、私一人がどうこう云ってみたところで詮(せん)なき話だった。今後、水晶玉がどういう珍事を巻き起こすのかに全てはかかっていた。そしてこの時、向かっていたみかんでママが見せようとしていたものは…。
 例の格安駐車場に車を駐車させてしばらく歩き、みかんのある雑居ビルに到着した私は、店への階段を下った。

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