残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《残月剣①》第三回
鴨下は焼き魚を皿へ盛る手を止め、そう云った。額(ひたい)には、うっすらと汗が滲んでいる。
「お手伝い、しましょうか?」
「いえ、もう終わりましたから…。そろそろ長谷川さんも来られるでしょうし…」
その言葉通り、長谷川がゆったりと現れた。
「ははは…、おっしゃった通りですね」
左馬介は余りの偶然に、思わず笑っていた。
「ん? …何か、いいことでもあったか?」
長谷川は左馬介の笑顔に気づき、そう訊ねた。
「いやあ、別に…」
左馬介は誤魔化して口を噤んだ。
「おう、それより、ぐっすり眠っておったぞ、左馬介。まだまだ修行が足りぬと見えるのう」
ニタリと斜(はす)に構えて笑われては左馬介も、しまった! とと思える。つまらない寝顔など、、じっくり見られたに違いないのだ。そうなると仕方なく、笑って流すしかない。長谷川は幸い、深追いはしなかった。とてもこれでは新たな剣筋などは編み出せんな…と左馬介は自らを省(かえり)みて諦念した。