残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《残月剣①》第十四回
そして、また動きを止めた刃(やいば)は、荒い息が吐き終えられた後、静かに鞘(さや)へと納められた。左上段から右下段へ袈裟に振り下ろされた剣は電光石火の早業であった。所作を終えた左馬介は、眺める師の方角へ向き直ると、深々と一礼した。
「…これが残月剣か…。見事じゃ左馬介、ようやった。…近う参れ。手渡すものがある」
左馬介の形(かた)を観終えた後、幻妙斎は楚々とした掠れ声でそう告げた。
幻妙斎が座す岩棚は、左馬介が技を見せた位置から五間ばかりの高さにある。云われるまま、左馬介は岩の窪み伝いに少しずつ登って行った。ひとつ、奇妙に思えたのは、幻妙斎の振舞いである。いつもなら、軽く飛び降りて手渡す筈なのだ。それが今日に限り、左馬介の方から来いと云う。まあ、何らかの事情などがあるのかも知れない…とも思える。とすれば、別にどうということでもない訳だ。左馬介は、取り越し苦労だろう…と思い直し、登っていった。
岩棚まで登りつめると、そこにはいつもの姿勢で両眼を閉ざして座す幻妙斎の姿があった。
「…来たか」
幻妙斎は、ゆったり閉ざした両眼を開けると、ひと言、そう云った。