水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《霞飛び②》第二十六回

2010年07月11日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《霞飛び②》第二十六
ところが、首尾よくいかぬもので、焦れば焦るほど、踠(もが)けば踠くほど閃(ひらめ)かないのである。これと同じようなことが以前、あった憶えのある左馬介だった。その折りは、幻妙斎が忽然と現れて示唆を与えてくれた。━ 遠山の目付 ━ の教えが正にそれであった。今度の場合、その幻妙斎の示唆などは全くない故に、己が力のみを頼りにせねばならないのだ。左馬介は朝餉の箸を口へと運びながら、何かよい思案はないものか…と、巡っていた。
「どうした? 左馬介。元気がないぞ」
 長谷川が白湯(さゆ)を飲みながら、そう訊ねた。鴨下は黙々と食べている。
 これは余談だが、茶がない訳ではなかった。長谷川は茶断ちをしているのである。その詳細な理由を左馬介や鴨下は知らなかった。何故か訊くのが憚(はばか)られ、訊ねることなく今日に至っていた。
「いえ、別に何でもありません。…昨夜、少し眠れなかったものでして…」
 左馬介は適当に云い繕(つくろ)った。
「おお、そういえば暑い晩だったからな…」
 それ以上は長谷川も訊かなかった。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第十七回)

2010年07月11日 00時00分00秒 | #小説
   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                             
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第十七回
 社員駐車場で腕時計を見ると六時前である。いくらなんでも早過ぎるか…と思った私は、例の二十四時間営業のファミレス、A・N・Lで夕食を軽く済ませようと考え、事実そうした。A・N・Lで腹を満たして、出たのは七時過ぎだった。この時間なら最悪でも開店準備の札は出ている筈だ…と踏んで、みかんへ向かった。
「おお、やっぱり少し早く着いたな…。だけど、開いててよかった…」
 案の定、店には開店準備の札が掛けられていて、ドアは開いていた。
「なんだ、満君か…。今日は早いわねえ」
 早希ちゃんは店内の椅子やテーブルを拭きながら、そう云った。
「なんだ、はご挨拶だな。この前の話が気になったからな…」
 私は弁解がましく返していた。そこへママが奥から顔を出した。ママが出てくるのは、いつもワンテンポ遅れたこのタイミングである。
「声がしたから…、やっぱり満君か。この前は…あっ、そうそう、一昨日(おととい)だったわね」
 ママが現われたからでもないだろうが、早希ちゃんは、ひと通り店内を見回した後、モップと布巾、それにポリバケツを片づけ始めた。この日は初めからカウンター席へ座った私は、本題へと入った。

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