残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《入門》第十九回
「こらっ! 伊織。余り脅すものではないわ」
と、蟹谷が神代を窘(たしな)めると、ふたたび誰彼となく、笑声が起きた。その時、不意に左馬介は、
「私、本日より堀川道場にお世話になります秋月左馬介と申す者。皆様方には、先刻ご承知かと存じまするが、何分にも若輩者ゆえ、何卒、よしなに御指導の程、御願い申し上げまする…」
と、両手を畳へ付き、身体を折るように深々と一礼した。十五の歳にしては、大人びて聞こえた。緩んだ空気が一瞬にして引き締まり、笑声は止んだ。大広間は、ふたたび静まり返った。
「皆も心得ておる。まあ、堅い話は抜きにして、今日は、ゆるりとして下され。ははは…、伊織が申したとおり、明日以降の敬語は御免蒙るが許されよ。これより夕餉の支度にかかります故、見ておかれよ。明日からは、やって貰いますからな。一馬! 教え役じゃ」
「はいっ!」
左馬介から見れば最も近い、左斜め手前の間垣一馬が威勢のいい返事をした。歳もかなり若く、左馬介以外では一番の若輩に見えた。
「この間垣は、今までの新入りでしてな。何かと訊かれるとよろしかろう」