残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《入門》第十二回
「今日のところは、ブラリと辺りを案内(あない)し申す。それと、日常の暮らし向きの心得、寝所、起床、就寝、食事のことなどを大まかに御話し仕(つかまつ)る」
そう云って、神代は首筋をボリボリと掻いた。
「宜しく御願い致しまする」
「まずは、上がられよ」
左馬介は大刀を腰より外して手に持つと、ゆったりと黒漆で光る敷居の上へ腰を下ろした。
神代に先導され、黒光りする廊下が続く中を、右へ左へと案内されて進んでいく。神代の説明は分かり易く細やかで、しかも慣れて上手い。どうも、新入りの世話を専門で任されている節があった。四半時、アチコチと道場の各所を巡るうちに、結構、広い屋敷だぞ…と、左馬介は思うに至った。
「長い道中、お疲れでござったろう…」
歩きながら、神代は敬語遣いで歳下の左馬介に対していた。堀川道場の門弟八名が稽古の後、水を被る洗い場と呼ばれる構造物を最後に案内しながら、神代は声が響く道場の稽古場を指さした。