水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《入門》第十七回

2009年04月08日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《入門》第十七回

 暫くして…、とはいっても、左馬介には些細なことでも気掛かりな心持ちだったから、ほんの僅かな“暫く”の時であったが、広間へと歩んだ。黒光りする廊下を右往左往する。神代が案内した大広間の位置は、たぶんあの辺りだった…という曖昧な記憶でしかない。だが今は、その記憶を辿るしかなかった。
 幸い、左馬介の眼前に大広間は現れた。門弟八名が四名ずつ左右に並んで座っている。正面上座と下座は誰も座してはいない。左馬介は正面下座へと座し、皆が見守る中、両手を畳へつき、深々と頭を下げ一礼した。その姿勢のままでいると、何者かが入ってくる気配がて、
「頭を上げられよ…」
 と、厳粛な一声が流れた。左馬介は、ゆったりと頭を上げる。正面上座奥には、道場に掛けられていた軸と同様に、『鹿島大神宮』、『香取大明神』の二柱の神名を墨書した掛軸が左右に一双、掛けられている。そして、その前方に威風堂々と座った男が左馬介を見て、
「師範代の蟹谷新八郎と申す、お見知りおかれよ」と一礼し、右手で門弟を指し示しながら、
「これより順に紹介つかまつる。まず、右奥より、井上孫司郎、塚田格之助、山上与右衛門、間垣一馬、左奥より、貴殿を案内(あない)致した神代伊織、続いて、長沼峰三郎、樋口静山、長谷川修理でござる」
 と、各自を紹介した。


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