ウィトラのつぶやき

コンサルタントのウィトラが日頃感じたことを書いていきます

イスラム教を考える

2014-02-19 08:53:35 | 生活

2月に入ってから株価の動きが荒っぽくなってきた。ミニバブルでは無いかと思い、私の持論である「投資を奨励し、投機を抑制する」をまた書こうかと思って、ふと「この考えはイスラム金融の考えではないか」と思った。

私はイスラム教に関してごくわずかしか知らないし、イスラム金融に関してもテレビで紹介する番組があったのでそれを見て知った程度の知識しかない。しかし、「金を貸して利子をとることは認めない」という不労所得を戒める考え方には共感できるものがあるな、と以前から感じていた。イスラム金融はただ金を貸すのではなく資本参加する日本の総合商社のようなビジネスモデルで、経営には商社ほど深入りはしない、ということだと理解している。イスラムの戒律を逃れる抜け道のようなものだが、ここでイスラムの戒律が投機を抑える役目を果たしていると思う。

イスラム圏で世界的に発言力の強い国はまだないが、イスラム国家に優れた指導者が出てきたらこのイスラム金融の考えを投機を抑える仕組みとして提案できるのではないかと思っている。私の考えは投機的行為による利益に税率を上げるというものだが、それよりも哲学的なので議論は深まるように思う。

最近は日本でもイスラム圏の人と思われる人を見ることは多くなった。大学でもイスラム圏からの留学生が確実に増えていると思うし、世界的にもイスラム諸国の存在感は増しているので「ハラルフード」や「イスラム金融」が紹介されることが多くなってきた。ハラルフードは日本人が食事の前に「いただきます」と手を合わせる習慣があるのと同根だと思っているが、より厳密な戒律になっている。

それにしてもどうしてイスラム教がこんなに増えるのだろう。私の若いころはインドネシアはイスラム教国だという意識はあまり持っていなかったので、インドネシアはいつからイスラム教になったんだろうと調べてみたが、オランダに植民地支配されるずっと前からのようである。イスラム教はキリスト教徒同じく「神」の存在を前提としている。東南アジアあたりでは日本の神道と同様に八百万の神をまつる精霊信仰が土着宗教としてあり、神の概念は理解されにくいと思うのだが、どうしてイスラム教が一待ったのかはよくわからない。イスラム教の前にヒンズー教は広がっており、ヒンズー教のカースト制度が地域になじまなかったので新しい概念であるイスラム教に皆がなびいたという説がもっともらしく聞こえる。

イスラム教は女性差別とか、自爆テロとかいう好ましくない面も持っているが世界では確実に広まっており、最も勢いのある宗教であることは否定できない。貧しい地域で広まっているので貧しい人に受け入れられるだけのものがあるのだろうと思う。一度、イスラム教の解説本でも読んでみようかと思う。


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