今、富士講についての本を読むとしたら、これ。
『角行系富士信仰』(大谷正幸) 岩田書院 2011年 定価3800円
といっても本書を読むなら、富士講について、wiki程度の基礎知識、少なくとも角行と身禄について
その流布されている伝説を知っていることが前提。
その前提で、この本を読むと、富士講が準拠している伝説部分、
そして富士講について言及している(市史などで)あまたの民俗研究者の無批判的記述部分が
オリジナルの史料によって批判されている。
著者は宗教学がベースなので、民俗的信仰形態を無批判に記述するだけの”中立的”態度はとらない。
特に開祖角行とならび崇敬されている中興の祖食行身禄の”思想”に対する世間的過大評価を批判している点が新鮮だ。
また、富士講を富士信仰と同一視せず、講としての世俗的(宗教社会学的?)存在意義の視点で、明治以降の富士講の衰退過程を論じているのも、一番知りたい部分だっただけに、参考になる。
歴史学書によくあるように、先人の研究を、特に方法論的な不備などを突いて、舌鋒鋭く批判するのは、研究的な書として尤もなのだが、
ここかしこに、著者のある種うっ屈した心情が吐露されているのを、ちょっと研究書にそぐわない部分と感じていた。
その理由が「あとがき」を読んでわかった。
まず本書の原形は、なんとコミケ同人誌なのだ。
それと、著者は大学院の博士課程を修了(満期退学)をしてながら、契約社員の状況である。
いってはなんだが、コミケに出入りする(高学歴)ニートという感じ※。
※著者からのコメントによれば、コミケは初めてとのことでした。
大学院が量産された一方で、大学などの研究職は少子化の長大な波(トレンド)を受けて長期縮小傾向である。
すなわち、大学院は出たけれど、定職とりわけ研究職がない、という状況。
私自身がそうだった。
私は定職がなくても大学非常勤があったので、そこでデータを取って論文を書けた。
ただその非常勤がクビになった時が、人生最大の苦境だった。
自分のことはいいとして、そういうわけで、著者の状況には同情を禁じえない。
私としては、研究の質を落とさず、さらに精進すれば、必ず道は拓けるはずと、励ましたい。
この本を読んで、唯一残った不満は、身禄について、ではなぜ過大に伝説化されているのか、
そのへんの事情について言及がなかった点だが、
著者のサイトを見たら
『富士講中興の祖・食行身禄伝』という本が今月岩田書院から出版されるという。
これは楽しみだ。
定価は6900円もするが、専門書なら高くない。
著者の印税収入にせめて貢献できるのはうれしい。
励ました後でいうのもなんだが、
人文系の研究は(国際競争に飲み込まれている理系と違って)、かならずしも研究職でなくても可能だと思う。
というより、研究職のパイが小さすぎるので、それが不可能だとしても、地道に(ライフワークとして)世間の役にたってほしい。
食いぶちは別にしてでも。