今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

『角行系富士信仰』(大谷正幸)

2013年07月03日 | 作品・作家評
富士山世界遺産登録および富士山開きにちなんで富士の話題をもう一つ。

今、富士講についての本を読むとしたら、これ。
『角行系富士信仰』(大谷正幸) 岩田書院 2011年 定価3800円

といっても本書を読むなら、富士講について、wiki程度の基礎知識、少なくとも角行と身禄について
その流布されている伝説を知っていることが前提。

その前提で、この本を読むと、富士講が準拠している伝説部分、
そして富士講について言及している(市史などで)あまたの民俗研究者の無批判的記述部分が
オリジナルの史料によって批判されている。
著者は宗教学がベースなので、民俗的信仰形態を無批判に記述するだけの”中立的”態度はとらない。
特に開祖角行とならび崇敬されている中興の祖食行身禄の”思想”に対する世間的過大評価を批判している点が新鮮だ。

また、富士講を富士信仰と同一視せず、講としての世俗的(宗教社会学的?)存在意義の視点で、明治以降の富士講の衰退過程を論じているのも、一番知りたい部分だっただけに、参考になる。

歴史学書によくあるように、先人の研究を、特に方法論的な不備などを突いて、舌鋒鋭く批判するのは、研究的な書として尤もなのだが、
ここかしこに、著者のある種うっ屈した心情が吐露されているのを、ちょっと研究書にそぐわない部分と感じていた。

その理由が「あとがき」を読んでわかった。
まず本書の原形は、なんとコミケ同人誌なのだ。
それと、著者は大学院の博士課程を修了(満期退学)をしてながら、契約社員の状況である。
いってはなんだが、コミケに出入りする(高学歴)ニートという感じ※。
※著者からのコメントによれば、コミケは初めてとのことでした。

大学院が量産された一方で、大学などの研究職は少子化の長大な波(トレンド)を受けて長期縮小傾向である。
すなわち、大学院は出たけれど、定職とりわけ研究職がない、という状況。
私自身がそうだった。
私は定職がなくても大学非常勤があったので、そこでデータを取って論文を書けた。
ただその非常勤がクビになった時が、人生最大の苦境だった。

自分のことはいいとして、そういうわけで、著者の状況には同情を禁じえない。
私としては、研究の質を落とさず、さらに精進すれば、必ず道は拓けるはずと、励ましたい。

この本を読んで、唯一残った不満は、身禄について、ではなぜ過大に伝説化されているのか、
そのへんの事情について言及がなかった点だが、
著者のサイトを見たら
『富士講中興の祖・食行身禄伝』という本が今月岩田書院から出版されるという。
これは楽しみだ。
定価は6900円もするが、専門書なら高くない。
著者の印税収入にせめて貢献できるのはうれしい。

励ました後でいうのもなんだが、
人文系の研究は(国際競争に飲み込まれている理系と違って)、かならずしも研究職でなくても可能だと思う。
というより、研究職のパイが小さすぎるので、それが不可能だとしても、地道に(ライフワークとして)世間の役にたってほしい。
食いぶちは別にしてでも。

都内富士巡礼

2013年07月01日 | 東京周辺

7月1日。富士の山開き。
その記念すべき日、本来なら富士の山頂に立ちたいのだが、それが叶わぬ身。
といっても、月曜という平日ながら、出勤しなくていい身の上を利用して、
昨日の下谷富士駒込富士に続いて、
都内の富士塚を巡ることにした。
都内には富士塚はたくさんあるので、本日の山開きにイベントがありそうな所を選んだ。

その前にまずは、実家の近所、地元・田端の八幡神社内にある富士塚を詣でる。
ここは、独立した小山にはなっていないが、壁を利用した半身の浮き彫り型の富士塚となっている(写真)。
ただ講の活動は絶えて久しいようで、山開きの今日も特にイベントは無し。
世界遺産登録を祝う札が二ヶ所に貼ってあったのは、この富士塚を守る人が皆無でない証左。

ここから都バスにのって、北千住の手前で降りて、氷川神社境内にある大川富士に行く。
境内に入ると、数件の営業前の無人の出店と、舞台前に椅子が並べられ、音楽が流れている。
イベントは夕方かららしい。
大川富士は、参道など整っているが、見るからに小ぶりで、ちょっと期待外れ(写真)。

北千住から千代田線(常磐線)で東京の外れ「金町」で降り、
駅前の循環バスで「富士神社前」で降りる。
そこにあるのは、飯塚富士(写真)。
ここも祭りの準備中の様子。
立派な富士塚には柵があり、入ると危険の案内。
祭りの準備にいた講の人に、塚に登っていいか許可を請うと
「登ってもいいけど、あぶないから気をつけて」とやたら危険を強調する。
実際に登ってみると、たしかに大川富士などにくらべると登りでがあるが、
成子富士などに比べるとたいしたことない。
きっと管理者にとってトラウマになる事故があったのだろう。
祠がある山頂に立つと、真横の中川からの風が心地よい。
せっかくなので中腹を散策して、裏側からも登頂した。

これで予定が終わったが、まだ時間がある。
バスと電車を乗り継いで、東十条で降り、
十条富士に行く。

ここは大賑わいの祭りの最中で、出店が向こうの十条駅にまで伸びている。
そして、平日の午後3時前にもかかわらず、老若男女でごった返している。
講の人たちがそろいの着物を来て受付ている十条富士に登る階段は行列。
山頂では祠に灯明が点じられ、線香でお焚き上げをしている(写真)。
お札など記念グッズが売られているが、
”藁蛇”は元来駒込富士のものなので、ここオリジナルの開運招福の縁起物を買った。

昨日と合わせて、6ヶ所の富士塚を巡ったことになる。
その中で山開きにちなんだ出店の規模、人出は十条富士が突出していて、
講の活動や講の歴史の解説などもここ丸参十条冨士講が突出している。
最も歴史がある駒込富士はそれに次いでいる。ここも地元なので頑張ってほしい。
寂しいのは誰もいない田端の富士。
なんとか盛り上げたい。