今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

改善されない数学書の読みづらさ

2021年04月19日 | 生活

中高生時代に数学の勉強が嫌いになった一番の理由は、「(式4)」など数式に与えた番号を示すだけで、読み手が本のページをめくって該当する数式を見つける作業が課せられるためだった。
こんなめんどくさい本の読み方を強いるのは数学書だけ(文系の書の”注釈”を読むために巻末を往復するのもこれに該当するが、たいていの注釈は読まなくていい。だが数学の場合は、その式を確認しないと前に進めない)。

数式に番号を振って登場を1回だけに倹約するのは、数式が頭に入っている書き手または印刷に手間がかかる出版社側の合理性であって、読み手の読書行動※からみると不要な往復運動が強いられる非合理的な所業。
※:読書を、人間の目〜手を使った情報処理行動として捉える視点。この視点、意外になおざりにされている気がする。

この問題を解決するのが、電子書籍だと思っていた。
すでに研究室の本段が満杯ということもあり、自分の読書は電子書籍がメインになっている。
実際電子書籍だと、注釈は本文の注釈番号をクリックしてリンク先の注釈文に飛んで、また1動作で本文に戻ることができる※。
※:はっきり言ってこの作業だけでも面倒。読書行動的には、注釈は本文と同じページに小さく載せるのがベスト。たとえばここの記事の注釈に番号を振って、全部文末に集めたらどうだろう。今までの本は読書行動的な不合理を平気でやっている。

ところが、私が手にした電子書籍の数学書(といっても講談社のブルーバックス)は、紙原稿をPDF化しただけで、数式番号にリンクは貼られていないため、数ページ前ならいざしらず、ずっと前(前章)のページの数式番号が示されると、いちいち、その番号があるページを探さなくてはならない。
この作業、紙の本より手間がかかるほど。
ためしに数式番号を読書アプリの”検索”にかけてみたが、無駄だった。
これなら紙の本の方が読みやすい。

数学のテキストは電子書籍化によってはじめて本質的欠点が改善され、読み手のハードルが下ることを出版社側は理解してほしい。

ついでに数学書を読む時には、紙と鉛筆が必要。
本では省略される式の変形過程を自分で書いて確認するため。
ただノートなるものを持っていない私は、書いて消せるA5サイズの電子メモパッドを使っている(秋葉で800円で購入)。
かように読書行動として筆記することを求めるのも数学書固有。そういえば、大学の数学教員は、数学の研究自体(専門分野は数論)、紙と鉛筆があればいいと言っていた。

話を戻すと、本は読者のためにあるなら、読書行動を基準にして編纂させるべきである。
読書は本来、最も効率のよい情報行動である。
そのハードルを不必要に上げることはやめよう。