新幹線放火事件の同じ1号車に居合わせた者として、マスコミ報道のいくつかにコメントをしたい。
まず、見てきたようなパニック騒ぎの定型文は間違いだ。
1号車の乗客たちは「逃げ惑」ってはいないし、「怒号や悲鳴もとびか」っていない。
逃げる方向は1つしかないから、行動に迷いはない。
ほぼ1列になって狭い通路を ひたすら進んだので、被害を増大させるパニック的混乱は起きなかった。
感情的になる余裕すらなかった。
「逃げろ!」という避難を促す声の後は、「子どもだけでも先に行かせて」という若親の懇願の声だけが繰りかえされた。
その子どもすら泣き叫ばなかった。
感情が出たとしたら、避難が終わった後で、そういう女性の姿は見た。
見てきたような記事を書く人がいまだにワンパターンの「パニック神話」を信じているのは勉強不足。
現代の災害心理学を勉強してほしい。
現実に一番危険なのはパニックとは逆の「逃げ遅れ」だ。
乗客で死亡した女性は、倒れていた位置(トイレに近い1号車のデッキで頭は1号車側)から推測するに、出火時にトイレ内にいたのではないか。
なぜなら1号車の座席にいたなら、起きたことは、眼前で見えているから。
貴重な避難のタイミング中に運悪くトイレにいて、出て来て1号車に向おうとしたら、そこはすでに生存できる環境ではなかったのだ。
「トイレから爆発音がした」、という話も早くから外部で言われていたが、
これは誤伝達によるものだろう。
私自身、1号車からトイレのあるデッキに、出火直前と直後の2度達っしたが、トイレからの異音は聞いていない。もちろんそれ以前も音はしていない。
われわれを助けてくれたのは、危険をまっさきに悟り、それを口にしながら、最初に逃げた”率先避難者”だ。
われわれは事情がよくわからなくても、ただ彼のマネをすればいいのだから。
1号車には幼児や60歳以上の人もいたが、彼らは皆避難できた。
外国人旅行客は2号車以降にはいたが、1号車にはいなかったのが幸いだった。
私自身、名古屋から東京に向う時は、帰省気分なので発泡酒を飲んで居眠りすることがある。
だが東京から向うときは仕事に向うということもあり、居眠りしなかったのも幸いした。
いざという時を考えれば、公共空間でリラックスしすぎないことだ。