名護市汀間〈ていま〉は、半農半漁の静かな集落である。
かつて琉球王府時代は国頭間切に属し、やはりいまと同じ色をした風が吹き、人びとは平穏な暮らしをしていた。そこへ請人の官位にある王府役人が、役目を持ってやってきたことから、集落に蜂の巣を突ついたような“恋騒動”が持ち上がった。
ちなみに『請人=うけにん。うきにん』とは、王府の御用品を調達する役人。地方に出張することが多かった。
『恋騒動』の顛末はこうだ。
ある年、御用品調達のため汀間村にやってきたのは若い請人神谷厚全〈こうぜん〉。当時の慣習通り、村の頭役宅に寝食し役目に励んでいたが、滞在中の身の回りの世話に就いたのは村一番の美しい娘カナー。彼女は目がパッチリとした美形だったことから、近隣の若者たちからも『丸目〈まるみー〉カナー』と呼ばれ、人気の的だった。
ひとつ屋根の下に若侍と村一番の女童が10日、20日と時を共にすればどうなるか。どちらからともなく“憎からず”思うようになった。日が暮れるとふたりは、汀間村と安部〈あぶ〉村の境にある兼下〈かねした・カヌチャ。河下とも書く〉の浜辺に下りて、人目を忍ぶ恋を語らうのだった。
しかし、丸目カナーには親同士が決めた許婚者〈いいなずけ〉カマデー青年がいた。心休まらないのはカマデー。けれども、身分が物をいう時代のこと。百姓青年が首里役人の神谷に抗議することは叶わない。悶々とするカマデーを見かねた村人は一計を案じた。
「いくら上役人と言えども、人の許婚者にちょっかいを出すとは、あまりと言えばあまりではないか。よしッ!役人に身分という権力があるならば、われわれ百姓には、歌三線という武器がある。請人神谷と丸目カナーとの理不尽な恋の所業を歌にして流行らせ、世論?に訴えようではないかッ」
歌三線をよくする者によって歌詞は詠まれ、節がつけられて、その抵抗?の歌はたちまち老若男女が歌うようになった。困惑したのは役人神谷である。
「首里を遠く離れているとは言え、出張先での恋騒動が首里の上役の知れるところとなれば免職だけでは済むまい。丸目カナーとは確かに恋の語らいはしたが、それ以上ではなかったことを村人に理解してもらおう」
神谷厚全は、すぐにカマデー、丸目カナーはもちろんのこと同行の役人、村頭や汀間村の人びとを集めて弁明、謝罪した。本人ふたりと村人に得心してもらった神谷厚全は、その場で青年カマデーと丸目カナーの縁を自らの手で結ばせて、恋騒動に治まりをつけたのだった。庶民の歌は、権力者の剣を折ったのだ。
このいきさつは「汀間節=てぃーまぶし」「汀間とぅ小」の節名で、現在でも好んで歌われている。さらに「汀間節」は、上間正雄の筆により沖縄芝居になって好評を得た。

汀間当の碑
上間正雄〈明治23年~昭和46年〉は那覇市出身。沖縄県立中学校在学中から詩や詠歌に没頭。同人雑誌「雑草園」を発行。一時、上京するが帰京後は夏鳥、梅泉、政敏等々の筆名で新聞や雑誌に文芸、美術、芸能などの評論や創作を発表。特に東京の『三田文学』に連載された戯曲「ペルリの海」は、沖縄の近代戯曲として評価が高い。さらに琉球新報歌壇の選者、琉球新報記者、沖縄時事新報記者、そして戦後、沖縄タイムス編集長を歴任したジャーナリストであり劇作家、その世界に名を残している。
さて。
上間正雄の処女作とされる「汀間物語」が舞台に掛かる。
北村三郎・芝居塾「ばん」の第11期公演の切り狂言に「新汀間物語」と題して上演される。公演は、来る4月29日(日)午後6時30分。場所は、沖縄市民小劇場“あしびなー”。案内のチラシには“素人・玄人!百花繚乱!熱意を結集した豪華?花の競演!”“芸は素人!やる気は玄人!バンバンやるぜ!ばんシンカ!”“美男美女の「ばん」面々! 11年目の芸能花舞台”の謳い文句が躍っている。プログラムは、客員のベテラン役者連の舞踊、芝居に加えて、パリコレクションならぬ、かつての琉球庶民の着衣を中心にした『ばんコレクション』『若い島うた』『ひとり闘牛』などが組まれている。
芝居塾「ばん」は公務員、会社員、主婦、自由業、教師、学生等々の20名ほどが、毎週木曜日に沖縄市文化芸能館の一室に参集。沖縄語を勉強する集団。なぜ素人連が芝居を仕込むのか。芝居の脚本には、沖縄語が活き活きと生きている。その脚本の文字に、演じることで“音声”を加える。これ以上の言葉の勉強、実践はあるまい。
この「ばん」の活動を支援、協力しているのが沖縄芝居のベテラン仲嶺真永はじめ、演劇集団「いしなぐの会」の當銘由亮、高宮城実人、知名剛史。舞踊家座喜味米子、具志幸大らの客員で毎回、塾生のつたない演技を補っている。
11年目の「ばん公演」。よろしければ覗いて見ませんか。
※お知らせ!

*ばん塾11期公演
日時:2012年4月29日(日) 午後6時30分開演
場所:沖縄市民小劇場 あしびなー
入場券:2000円
問い合わせ先:(有)キャンパスレコード
TEL:098-932-3801
あしびなー:098-934-8487
かつて琉球王府時代は国頭間切に属し、やはりいまと同じ色をした風が吹き、人びとは平穏な暮らしをしていた。そこへ請人の官位にある王府役人が、役目を持ってやってきたことから、集落に蜂の巣を突ついたような“恋騒動”が持ち上がった。
ちなみに『請人=うけにん。うきにん』とは、王府の御用品を調達する役人。地方に出張することが多かった。
『恋騒動』の顛末はこうだ。
ある年、御用品調達のため汀間村にやってきたのは若い請人神谷厚全〈こうぜん〉。当時の慣習通り、村の頭役宅に寝食し役目に励んでいたが、滞在中の身の回りの世話に就いたのは村一番の美しい娘カナー。彼女は目がパッチリとした美形だったことから、近隣の若者たちからも『丸目〈まるみー〉カナー』と呼ばれ、人気の的だった。
ひとつ屋根の下に若侍と村一番の女童が10日、20日と時を共にすればどうなるか。どちらからともなく“憎からず”思うようになった。日が暮れるとふたりは、汀間村と安部〈あぶ〉村の境にある兼下〈かねした・カヌチャ。河下とも書く〉の浜辺に下りて、人目を忍ぶ恋を語らうのだった。
しかし、丸目カナーには親同士が決めた許婚者〈いいなずけ〉カマデー青年がいた。心休まらないのはカマデー。けれども、身分が物をいう時代のこと。百姓青年が首里役人の神谷に抗議することは叶わない。悶々とするカマデーを見かねた村人は一計を案じた。
「いくら上役人と言えども、人の許婚者にちょっかいを出すとは、あまりと言えばあまりではないか。よしッ!役人に身分という権力があるならば、われわれ百姓には、歌三線という武器がある。請人神谷と丸目カナーとの理不尽な恋の所業を歌にして流行らせ、世論?に訴えようではないかッ」
歌三線をよくする者によって歌詞は詠まれ、節がつけられて、その抵抗?の歌はたちまち老若男女が歌うようになった。困惑したのは役人神谷である。
「首里を遠く離れているとは言え、出張先での恋騒動が首里の上役の知れるところとなれば免職だけでは済むまい。丸目カナーとは確かに恋の語らいはしたが、それ以上ではなかったことを村人に理解してもらおう」
神谷厚全は、すぐにカマデー、丸目カナーはもちろんのこと同行の役人、村頭や汀間村の人びとを集めて弁明、謝罪した。本人ふたりと村人に得心してもらった神谷厚全は、その場で青年カマデーと丸目カナーの縁を自らの手で結ばせて、恋騒動に治まりをつけたのだった。庶民の歌は、権力者の剣を折ったのだ。
このいきさつは「汀間節=てぃーまぶし」「汀間とぅ小」の節名で、現在でも好んで歌われている。さらに「汀間節」は、上間正雄の筆により沖縄芝居になって好評を得た。

汀間当の碑
上間正雄〈明治23年~昭和46年〉は那覇市出身。沖縄県立中学校在学中から詩や詠歌に没頭。同人雑誌「雑草園」を発行。一時、上京するが帰京後は夏鳥、梅泉、政敏等々の筆名で新聞や雑誌に文芸、美術、芸能などの評論や創作を発表。特に東京の『三田文学』に連載された戯曲「ペルリの海」は、沖縄の近代戯曲として評価が高い。さらに琉球新報歌壇の選者、琉球新報記者、沖縄時事新報記者、そして戦後、沖縄タイムス編集長を歴任したジャーナリストであり劇作家、その世界に名を残している。
さて。
上間正雄の処女作とされる「汀間物語」が舞台に掛かる。
北村三郎・芝居塾「ばん」の第11期公演の切り狂言に「新汀間物語」と題して上演される。公演は、来る4月29日(日)午後6時30分。場所は、沖縄市民小劇場“あしびなー”。案内のチラシには“素人・玄人!百花繚乱!熱意を結集した豪華?花の競演!”“芸は素人!やる気は玄人!バンバンやるぜ!ばんシンカ!”“美男美女の「ばん」面々! 11年目の芸能花舞台”の謳い文句が躍っている。プログラムは、客員のベテラン役者連の舞踊、芝居に加えて、パリコレクションならぬ、かつての琉球庶民の着衣を中心にした『ばんコレクション』『若い島うた』『ひとり闘牛』などが組まれている。
芝居塾「ばん」は公務員、会社員、主婦、自由業、教師、学生等々の20名ほどが、毎週木曜日に沖縄市文化芸能館の一室に参集。沖縄語を勉強する集団。なぜ素人連が芝居を仕込むのか。芝居の脚本には、沖縄語が活き活きと生きている。その脚本の文字に、演じることで“音声”を加える。これ以上の言葉の勉強、実践はあるまい。
この「ばん」の活動を支援、協力しているのが沖縄芝居のベテラン仲嶺真永はじめ、演劇集団「いしなぐの会」の當銘由亮、高宮城実人、知名剛史。舞踊家座喜味米子、具志幸大らの客員で毎回、塾生のつたない演技を補っている。
11年目の「ばん公演」。よろしければ覗いて見ませんか。
※お知らせ!

*ばん塾11期公演
日時:2012年4月29日(日) 午後6時30分開演
場所:沖縄市民小劇場 あしびなー
入場券:2000円
問い合わせ先:(有)キャンパスレコード
TEL:098-932-3801
あしびなー:098-934-8487