★連載NO.325
「さんしんの日まで、あと○×日」
RBCiラジオは、連日カウントダウンをしている。
平成20年3月4日は、第16回「ゆかる日まさる日さんしんの日」。正午の時報を初回として、午後8時の時報まで都合9回、沖縄中のさんしんが代用的な祝儀歌「かじゃでぃ風節」を奏でる。主会場は読谷村文化センター「鳳ホール」。例年、多くの人が自慢のさんしんを持参して一斉演奏に参加、季節的に北から南へ変わろうとする初春の風が、さんしん色に染まる一日になる。
♪嬉しさや今年 世果報ぬしるし 道歩む人ん 歌ゆうたてぃ
〈うりしさや くとぅし ゆがふうぬ しるし みちあゆむ ふぃとぅん うたてぃ〉
歌意=今年も豊作に違いない。その兆しはすでに表れている。心豊かに働いている人が皆、歌をうたい晴れやか。なんとも喜ばしいことだ。
琉球王府時代の詠歌である。いつの世も平和でなければ、人は歌なぞうたわない。うたえる状況ではないからだ。ある民俗学者は言う。
「人間の間で歌が盛んにうたわれるのは、その国がよく治まっている証拠である。時の政治家は、このことを見極めなければならない。人民は、音楽を日常的に楽しんでいるかどうかを知らなければならない。人民の腹が減っていては、歌声は聞こえなくなる」
わが国はどうか。
確かに平和である。音楽も盛んだ。しかし、音楽文化は「音楽産業化」してしまい、芸能界だけがお祭り騒ぎをしているように思えてならない。
「ゆかる日まさる日さんしんの日」は、かつてそうであったように「暮らしのための音楽を、すべての人で共有したい」。その想いがあって生まれた〈日〉である。幸いにして沖縄には、悠久の歴史の中で誰もが親しんできた(さんしん)がある。人口130万。県内さんしん保有数約25万丁〈平成18年調べ〉。
「突っ拍子もないッ」と当初、周囲から危惧された企画も、いまや全国的いや、世界的になってきた。そのことは、世界中が平和を願望している証とするのは、提唱者の自惚れだろうか。
余話。
午前11時45分放送開始は、学校現場に影響した。その日は火曜日。授業中のため3時、4時ごろまではラジオに付き合うわけにはいかないのである。しかし、選択音楽で(さんしん)を学んでいる沖縄市立宮里中学校〈生徒数776人〉では、独自に演奏時間を設定している。2年生38人は、当日は早めに登校。担当の根間秀雄教諭の指揮の下、午前8時15分の全体朝会で「かじゃでぃ風」の演奏をする。
「生徒たちもこの日を特別の日ととらえている。また、高校受験を目前にした3年生に対するエールの心情が込められているのですよ」
根間教諭は、そう語っている。
生徒たちもまた「あなたの特技はなんですか?」と聞かれたら、迷わず「さんしんッ」と答えられるように稽古しているとサラリ言う。主催側としては感涙ものである。
番組は、3時間区切りの3部構成。今年は、第2部の1時間を他県出身者の出演にしてある。最近「さんしん留学」なる言葉を耳にすることができる。学術的にさんしん音楽を研究しにくる人もあるが、多くは全国的に発売されている沖縄音楽のCDに感じ入ったか、または公的な演奏会や個人的民謡ライブに魅せられたかしてやってくる若者が多くなってきた。これが「さんしん留学」だ。
「自分で弾くさんしんに、自分の歌声を乗せてみたい」
この想いがある。3年、5年。中には、沖縄人と結婚して定住する例も多く、沖縄音楽団体に所属して、新人賞・優秀賞・最優秀賞を受賞。さらには、資格試験に合格して教師や師範の資格を得た人も少なくない。
このことは、思わぬ効果をもたらした。
「大和人〈他府県人〉がここまでやる。われわれ沖縄人も、真剣にさんしんと向かい合わなければならない」
これである。さんしん留学生は、目的意識があって沖縄に来る。地元は「身近にある楽器、いつでも弾ける意識」がある。この差が上達度にも表れているように思える。
さんしんは、ものを言わない。向き合い、愛してくれる人に(沖縄)を語ってくれるのである。
♪さんしんぬ音色 情染みなすゐ 諸人ぬ肝や 一ちさらみ
〈さんしんぬ にいる なさき すみなすゐ むるびとぅぬ ちむや
ふぃとぅち さらみ〉
歌意=さんしんの音色は、情けで染め上がる。そのとき、人びとの心は本当にひとつになる。
沖縄の春は「さんしんの日」が連れてくる。
次号は2008年2月7日発刊です!
上原直彦さん宛てのメールはこちら⇒ltd@campus-r.com
「さんしんの日まで、あと○×日」
RBCiラジオは、連日カウントダウンをしている。
平成20年3月4日は、第16回「ゆかる日まさる日さんしんの日」。正午の時報を初回として、午後8時の時報まで都合9回、沖縄中のさんしんが代用的な祝儀歌「かじゃでぃ風節」を奏でる。主会場は読谷村文化センター「鳳ホール」。例年、多くの人が自慢のさんしんを持参して一斉演奏に参加、季節的に北から南へ変わろうとする初春の風が、さんしん色に染まる一日になる。
♪嬉しさや今年 世果報ぬしるし 道歩む人ん 歌ゆうたてぃ
〈うりしさや くとぅし ゆがふうぬ しるし みちあゆむ ふぃとぅん うたてぃ〉
歌意=今年も豊作に違いない。その兆しはすでに表れている。心豊かに働いている人が皆、歌をうたい晴れやか。なんとも喜ばしいことだ。
琉球王府時代の詠歌である。いつの世も平和でなければ、人は歌なぞうたわない。うたえる状況ではないからだ。ある民俗学者は言う。
「人間の間で歌が盛んにうたわれるのは、その国がよく治まっている証拠である。時の政治家は、このことを見極めなければならない。人民は、音楽を日常的に楽しんでいるかどうかを知らなければならない。人民の腹が減っていては、歌声は聞こえなくなる」
わが国はどうか。
確かに平和である。音楽も盛んだ。しかし、音楽文化は「音楽産業化」してしまい、芸能界だけがお祭り騒ぎをしているように思えてならない。
「ゆかる日まさる日さんしんの日」は、かつてそうであったように「暮らしのための音楽を、すべての人で共有したい」。その想いがあって生まれた〈日〉である。幸いにして沖縄には、悠久の歴史の中で誰もが親しんできた(さんしん)がある。人口130万。県内さんしん保有数約25万丁〈平成18年調べ〉。
「突っ拍子もないッ」と当初、周囲から危惧された企画も、いまや全国的いや、世界的になってきた。そのことは、世界中が平和を願望している証とするのは、提唱者の自惚れだろうか。
余話。
午前11時45分放送開始は、学校現場に影響した。その日は火曜日。授業中のため3時、4時ごろまではラジオに付き合うわけにはいかないのである。しかし、選択音楽で(さんしん)を学んでいる沖縄市立宮里中学校〈生徒数776人〉では、独自に演奏時間を設定している。2年生38人は、当日は早めに登校。担当の根間秀雄教諭の指揮の下、午前8時15分の全体朝会で「かじゃでぃ風」の演奏をする。
「生徒たちもこの日を特別の日ととらえている。また、高校受験を目前にした3年生に対するエールの心情が込められているのですよ」
根間教諭は、そう語っている。
生徒たちもまた「あなたの特技はなんですか?」と聞かれたら、迷わず「さんしんッ」と答えられるように稽古しているとサラリ言う。主催側としては感涙ものである。
番組は、3時間区切りの3部構成。今年は、第2部の1時間を他県出身者の出演にしてある。最近「さんしん留学」なる言葉を耳にすることができる。学術的にさんしん音楽を研究しにくる人もあるが、多くは全国的に発売されている沖縄音楽のCDに感じ入ったか、または公的な演奏会や個人的民謡ライブに魅せられたかしてやってくる若者が多くなってきた。これが「さんしん留学」だ。
「自分で弾くさんしんに、自分の歌声を乗せてみたい」
この想いがある。3年、5年。中には、沖縄人と結婚して定住する例も多く、沖縄音楽団体に所属して、新人賞・優秀賞・最優秀賞を受賞。さらには、資格試験に合格して教師や師範の資格を得た人も少なくない。
このことは、思わぬ効果をもたらした。
「大和人〈他府県人〉がここまでやる。われわれ沖縄人も、真剣にさんしんと向かい合わなければならない」
これである。さんしん留学生は、目的意識があって沖縄に来る。地元は「身近にある楽器、いつでも弾ける意識」がある。この差が上達度にも表れているように思える。
さんしんは、ものを言わない。向き合い、愛してくれる人に(沖縄)を語ってくれるのである。
♪さんしんぬ音色 情染みなすゐ 諸人ぬ肝や 一ちさらみ
〈さんしんぬ にいる なさき すみなすゐ むるびとぅぬ ちむや
ふぃとぅち さらみ〉
歌意=さんしんの音色は、情けで染め上がる。そのとき、人びとの心は本当にひとつになる。
沖縄の春は「さんしんの日」が連れてくる。
次号は2008年2月7日発刊です!
上原直彦さん宛てのメールはこちら⇒ltd@campus-r.com