旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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老人たちの忘年会

2019-12-10 00:11:00 | ノンジャンル
 誰が言い出したでもなく「ちょい悪おやじ」を張ってった(老人たち)が集まって忘年会を持つという。「いまさら忘年会でもあるまいっ」。ニタリ小さな笑いをしたが、久しぶりに逢う古馴染みとの(一杯っ)を楽しみに出かけた。(一杯っ)とはいっても、もう若いころのようにはいかない。したがって、体の都合にあわせた飲み物をそれぞれ前にして、あとはカラオケということになった。
 繁華街を少し離れたところで、これまた初老の女性が娘と二人でやっているスナック。懐かしいメロディーが、当時の映画の白黒の映像が映し出されるカラオケなのがいい。老人たちの青春日記のページ重ね合わせての選曲ができて、何かホッとする。当時の銀幕のスターになり切れるのもいい。
 その夜、老人たちが選んだ(歌)のいくつかを拾ってみよう。

 ※「風」=唄/はしだ・のりひことシューベルツ。
 ♪人は誰もただ一人旅に出て 人は誰でもふるさとを振りかえる
  ちょっぴり寂しくて振りかえるが そこにはただ風が吹いているだけ
  人はだれも人生につまずいて 人は誰も夢破れ振りかえる


 遠くの丘の上にクリスマスの灯りが見える。街中の賑わいとは裏腹に、その灯りは、ひっそりと点っている。少し風も吹いてきたようだ。「今年も暮れていくなぁ・・・・。柄にもなくしんみりと往く年をふり返ってみる。
 あれやこれやで慌ただしかった気もするし、過ぎて見れば、それほどのこともなかったような気もする。「これでまあ、よくここまでやってきたものだ」と、初めて気付いて、ひとり苦笑いするより術はない。
 当てはないけれども、ボクもジングルベルで賑わう街の中に身を紛らわせてみようかと、やおら腰を浮かせかけたが、直ぐに「よそうっ。今夜はひとり、吹く風と語らう・・・・と思い直して部屋のガラス戸を開け、入ってくる冷たい風を頬に受ける。
 ◇ともかくあなた任せの年の暮れ。そう詠んだ俳句の人がある。ここへきてこの句を思い出すなぞ、ボクも相当数、年の暮れを過ごしてきたことの証だろう。
 少し風が強く、冷たくなってきた。ぼんやり丘の上の灯りを見ていると風邪を引きそうだ。ガラス戸を閉め、ウィスキーのお湯割りでも呑んで温まることにしよう。

 ♪プラタナスの枯葉舞う冬の道で プラタナスの散る音に振りかえる
  帰っておいでとふり返っても そこにはただ風が吹いているだけ
  人は誰も恋をした切なさに 人は誰も耐えきれず振りかえる


 「老人たちの忘年会」は、どうなっただろう。
 カラオケ小休止の態。「Sクンはどうした?」「誘ったが持病の腰痛がまた、暴れ出したらしい」「あれは突然、来襲するからなぁ。よしっ!Sクンの代わりに、彼が得意な「星の流れに」をボクが唄おう。
 ひとりが再びマイクを取る。

 ◇『星の流れに』唄/菊池章子。
 ♪星の流れに 身を占って 何処をねぐらの 今日の宿
  すさむ心で いるのじゃないが 泣けて涙も 涸れ果てた
  こんな女に誰がした

 「こんな女に誰がした~」。
 今では夫婦喧嘩の愚痴ことばにもならないだろうが、早熟だったのか「こんな女に誰がした」の本当の意味を知った折には、少年ながら胸が詰まり、以来、この歌を唇に乗せることをはばかった。「こんな女」とは、終戦直後、夢を打ちひしがれ、生活苦に迫られ、アメリカ兵に春を売っていた女性を指す。口にするのも悲しいが「パンパン」とも称した。好んでそうなった人はひとりもいない。すべて戦争・敗戦のなせること・・・・。

 ♪煙草ふかして 口笛吹いて あてもない夜の さすらいに 
  人は見返る わが身はほそる町の灯影の 侘しさよ
  こんな女に誰がした


 終戦直後の沖縄にもそうした「悲しい女性たち」がいた。
 周辺の大人たちからは白い目で見られていた。けれども、大人たちから敬遠されていたせいか、その女性たちは少年少女にはやさしく、アメリカ兵から貰ったであろうチューインガムやクラッカーをくれた。
 ボクもその少年少女のひとりであった。その女性たちは申し合わせたようにパーマネントをかけ、赤や黄色のリボンを結び、派手な服装をしていたように記憶している。中には、いまにしては「中年の女性」もいて、彼女がぬっている口紅が、やたら赤かったのも侘しい。それでも彼女がくれるアメリカ製のキャンディーは美味しかった。ボクはこの歌を反戦歌として捉えている。
 戦争が残すのは庶民の「不幸」しかないと、つくづく思われる。

 ♪飢えていまごろ 妹はどこに ひと目逢いたい お母さん
  ルージュ哀しや 唇かめば 闇の夜風も 泣いて吹く 
  こんな女に誰がした


 老人たちの忘年会はまだ続いている。


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