旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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海止み・山止みの頃

2012-05-01 00:03:00 | ノンジャンル
 これで何度目になろうか。
 小さな庭に37年立っているクルチ〈黒木。黒檀〉の繁った枝葉の中にホートゥ〈鳩〉が巣を掛けたらしい[らしい]というのは、親鳩の警戒心を刺激しないように気を配って近づかないようにしているからだ。しかし、親鳩の出入りからして巣掛けは確かである。親鳩は時たま巣を離れ、それでも遠くまでは行かず、そこいらを神経質に飛びまっている。巣の周辺の安全性を確認しているのだろう。その際、家人は鳩の期待に応えようと息をひそめ、できるだけ無視を装い、物音をたてないようにしている。
 おかげで、いつも数羽連れだって顔を見せていたクラー〈雀〉の姿が皆目なくなった。どうやら鳩が巣を守るためにクラーを威嚇、どこぞに追い払ったらしい。それでも鳩が無事孵化して巣立ったら、クラーもわが家に戻ってくるにちがいない。

 昔はこの時季「山止め・海止め=やまどぅみ・うみどぅみ」を実践していた。
 陰暦4月から5月いっぱいは、山に入って木を切ったり、磯や川での小魚、蟹、貝などを獲ることをひかえた。山では若木をはじめ、共生する鳥類の産卵、孵化がある。磯や川も同様、そこに暮らす生物たちが命をはじめる時・場所であることを人間が尊重していたのである。所によっては罰則を定めたようだが、一般的には[注意・警告]にとどまり「禁を犯すとウーカジ〈大風、台風〉が発生して不作になる。ハブに咬まれる」などの俗説のいくつかで牽制していた。昔びとは、自然と共に生きている、いや、自然に生かされていることを礎にしていたのであろう。現代人が失念していることのひとつのように思えるがどうか。


 うるま市石川・嘉手苅〈かでかる〉、通称石川高原に平成10年に開園した「ビオスの丘」は、いまが花盛りのようだ。去る日曜日、ビオスの丘に遊んだ友人がメールを送ってくれた。
 「ビオスとは、生命を意味するギリシャ語。植物を通して“やすらぎ”と“感動”の提供を標榜するだけにカクチョウラン、ツルラン、シラン、ナゴラン、ナルヤラン、フウランなど危急種、絶滅危惧種の蘭を主に沖縄ならでの亜熱帯植物と風景を楽しんだ。園内の湖辺には水牛が涼み、湖面をアーケージュー〈とんぼ〉が飛び、水鳥のバンが泳ぎ上手を自慢。ゲットウ、ソウシジュ、サンダンカなどと競って自生のアカバナー、タンポポ、スミレが笑顔でいた。久しぶりに[ビオス]を実感した」


  友人は[お前もヤーグマイ〈家籠り〉せず、アウトドアを楽しめよ]と、尻を叩いているのだ。そのことは十分自覚しているものの出不精はなかなか解消できないでいる。そこでヤーグマイしたまま、花に親しむ方法を見つけることにした。つまり、琉歌の中に花を求めた。そして、意識的に[蘭]と出会う。

 ♪蘭ぬ匂い心 朝夕思みとぅまり 何時までぃん人ぬ 飽かんぐとぅに
 〈らんぬ にうぃぐくる あさゆ うみとぅまり いちまでぃん ふぃとぅぬ あかんぐとぅに

 琉球王府時代のある年の正月。重臣たちが揃い、国王に年頭の祝辞を述べた。
 「御主加那志前=うしゅがなしいめー。国王様=がご壮健であられること。これが琉球国の平和の基礎。何時までも万民のために健康でありますように」
 これに対して国王は、前記の1首を詠んで答えた。
 「蘭の花の美しさ、匂いは万民が等しく好むところ。万民が愛でて飽きない“蘭の心”をもって国政にあたるように。万民あっての琉球国なのだから」
 重臣たちの祝辞は「長ぢゃんな節」。国王の返歌は「伊集早作田節=んじゅ はいちくてんぶし」として、いまでも歌われている。
 蘭はまた、男女の心象をも映し出す。

 ♪蘭ぬ花忍でぃ 忘りたさ昔 飽かん眺みたる 梅ぬ姿
 〈らんぬはな しぬでぃ わしりたさ んかし あかん ながみたる んみぬ しがた

 蘭の花に心ひかされて飽きることなく愛でている。それゆえ、しばらく前に好み愛した梅の花のことをすっかり失念していたという歌意だ。これを単に蘭、梅とせず、男女に置き換えると意味がまったく異なる。梅の時季には「梅が1番」としながら、梅の時節が過ぎ、蘭が咲きはじめると蘭に心を移し「1番」とする。人間はなんとも移り気、新しいモノ好みで薄情になったりする。その浮気者を男とするか女とするか。昨今は判定しかねるが、昔風に男とするならば、薄情者代表としてひと言、申し上げなければならない。
 「身近にあった、あるいは在る梅がキライになったのではない。いまを盛りとして咲く蘭も、心奪われるほどスキっというだけのことだ」と。

 とかく沖縄は、花が咲き鳥が歌い舞う初夏の真っ只中にある。
 

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