旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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三線の余韻

2017-03-10 00:10:00 | ノンジャンル
 「さんしんの日に向けて三月の間、自分でも信じられないほど打ち込んだ稽古なのに、仲間に遅れをとらず、演奏会に参加するという目的を果たし、フッと息を吐き、緊張感をほぐして三線をとるのを小休止した。するとどうだ!その日以来今日まで三線を手にしていない。1度休んでしまうと、それは長期化するものだ。やはり素人の域を出られそうもないなあ。ノルマを課して毎日、稽古を続けられる人は、玄人はだしになれるし、小休止を長期化させる人を素人というのだろうな」。
 述懐しきりの三線愛好家の弁。夢を手元に引きつけるには、それに向かう根気と年月が必要ということらしい。

 少年Mの場合。
 夕刻になると、近くにある公民館の灯りが(三線への入口)だった。
 平日、部活の帰り、公民館の前を通ると三々五々人が集まり、やがてそれは20人ほどになる。老若男女、年齢差も見て取れる。なかには小学生の少年少女もいる。公民館活動のひとつ「三線教室」が開かれるのだ。今日の練習曲は「安波節」らしく、チンダミ(絃試み・調絃)をして、予習をしている人もいる。
 もちろん少年Mには、「安波節」であることまでは分からない。いつも見る風景だから、別に気にも留めなかったが、その日はどうしたことか三線の音が、すんなりと耳に馴染む。
 「ボクも三線を習ってみようかなぁ」。
 三線の講師は時折、少年の家に来ては、父親と酒を酌み交わしている隣家のKおじさんだったこともいなめない。Kおじさんは、中学生のころ三線に馴染み、高校生そして大学卒業後、地域の青年会に入り、旧盆のエイサーの地謡をずっと務めている地域の有名人。
 「ボクも青年になったら、エイサーの地謡をやってみたい」。
 このことは日頃から少年の心のどこかで見え隠れしていた。
 「公民館の三線教室に入ろうかな。Kおじさんならついて行き易い」。
 夕食時に父親に言ってみた。
 「やればいい」。
 父親の返事に二の句はなかった。
 少年のひと言は父親からKおじさんの耳に届いた。Kおじさんは三丁ある稽古用の三線をM少年にプレゼントしてくれた。早速、週1回の三線教室通いを日程に組み入れた。
 目指すはエイサーの地謡!
 10年後かどうか知らないが、いつの日かM少年は地謡として「エイサー頭=かしら」から、青年会のリーダーになっているだろう。少年Mは、この4月から中学2年の春を迎える。

 「いま!何段目?大城貴幸」。
 大城貴幸は、県立芸術大学・大学院生だ。
 同大学で琉球芸能を専攻。琉球古典音楽安冨祖流を修め(教師免許)を取得。卒業後、県立南風原高校郷土芸能部を指導。自らも本格的歌三線活動を県内外で続けている。この3月12日。南城市文化センターシュガーホールを会場に「歌の輪・三線の絆」なるコンサートを開催。そのパンフレットに小生も拙文を寄せる。

 「ことを成すまでには、七段の階段を登る」。
 おそらく中国の聖人の言葉だろう。
 大城貴幸はいま、何段目にいるのか。本人はどこに立っているのか、訊いてみなければならない。先輩面して彼の立ち位置を眺めれば、一段目に足を掛けたところか。それとも、七段を見上げて気合を入れ、踊り場で一気に駆け上がるウォーミングアップをしているのかも知れない。
 けれども階段は、1度登ればいいというものではないらしい。挫折して降りるだけでなく、さらに高所を目指す時に(初心)という忘れモノを踊り場まで取りに引き返すこともあるからだ。
 また、その階段は急ぐあまり、つまずくこともあり得るし、ひとりでは登れないのも確かだ。誰かが、いや、多くの人の後押しが不可欠であることは、階段を登ろうとする本人が1番に心得ておかなければならないだろう。
 「作詞をした。見てほしい」「作曲をした。聴いてほしい」「県外で歌ってきます(きました)」「コンサートの相談にのってほしい」。
 大城貴幸は都度、報告にくる。
 「やくとぅ何?(だから何?)」というのだが、齢かさの者は、後輩から声を掛けられるのが何よりも嬉しい。用件が何であれ、じっくりと聞いた後、私は決まっていう。
 「いま思うことを、思うようにやってごらんなさい」。
 決して投げやりではない。それが七つの階段(経験)だと思うからだ。
 大城貴幸が現時点で、どこに位置しているか正直、分からない。が、動き出した若者の熱情だけは活力をもって迫ってくる。
 それよりも何よりも貴幸!結婚をし、子どももできた。階段はゆっくり登ればいい。まずは愛児に風邪など引かせるなっ。

 東村が管理する「つつじ園」には、5万本の各種が「おいで!おいで」と、南に回りはじめた風に踊っている。「やはり(さんしんの日)の三線の音は、春を連れてやってきたか!」。私はひとりほくそ笑む。




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