旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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夏の夜は・・・

2012-06-20 00:00:00 | ノンジャンル
 “蚊遣い日ぬ煙 寝屋に立ちくみてぃ あいち居らりらん 共に出じてぃ
かやいびぬ ちむり にやに たちくみてぃ あいちうらりらん とぅむに んじてぃ

歌意=夏の夜。蚊を追うために蚊遣り火を焚いたことだが、その煙が目にしみ、息苦しくなって、ついには、蚊と共に外に出ることになった。
蚊遣い火=今風に言う蚊取り線香。昔は香木の木片やヨモギなど、植物の葉を焚いた煙で、蚊を払った。
あいち=心落ち着かない。じっとしておれない。息苦しいなどを意味する古語。ほとんど死語になっている。しかし、古典音楽の大昔節「十七八節」に、
ゆしじみになりば あいちうらりらん 玉黄金使えぬ にゃ来ら思みば
ゆしじみになりば あいちうらりらん たまくがにちけぬ にゃちゅらとぅみば

歌意=日没。夕刻の寺の鐘が鳴ると、心落ち着かない。愛しい人からの誘いを知らせる使者が、もうすぐ来ると思えば。
と、読み込まれている。この一首。恋歌として解釈する一方、仏縁歌とする説もある。後者の場合、夕刻とは晩年を意味する。一日の終わりを告げる鐘が鳴ると、明日はあの世から迎えの使者が来るかもしれない。なんと「あいち 居らりらん」心落ちつかないことか。
恋歌とするか。仏縁歌とするか。歌い分けて味わえる一節と言えよう。

独白=蚊の話から大きく脱線したようだ。蚊に戻そう。

過日。蚊取り線香を製造販売している某社の社長と親しくなった。社長は大いなる沖縄通。殊に、琉球舞踊には深い関心をしめしている。自社の諸パーティーのおりには、かならず、琉球舞踊をプログラムする熱の入れよう。社長は熱っぽく語った。
「日常の中に、歴史ある伝統文化を何の力みもなく生かしているところが凄く、すばらしい。わが社にとって沖縄は、長年のお得意様。他府県に比べて、常にトップの消費をしていただいています。
芸能文化をほめていただくのは光栄。しかし、あとのコメントが気にかかった。


「殺虫製品の消費が他府県に比べて多く、お得意様と言うことは、沖縄は日本一、蚊が多いとおっしゃいますのでッ?」
社長は、心乱して訂正した。
「いやッ、そのッ、つまり、それほど親しくしていただいていると、そのッ、言うことでッ。言葉がちょっと、余りましたッ。失礼ッ」
もちろん、そのあたりは、私も理解していて、言葉の綾を楽しんだことではあった。

網ぬ余いや使かぁりぃしが 言葉ぬ余いや使かぁらん
<ちなぬ あまいや ちかぁりぃしが くとぅばぬ あまいや ちかぁらん>=網。縄。紐の余り。きれっぱしはなんとか使えるが、余分な言葉は使えない。相手を傷つけることがある。

独白=また、脱線。蚊の話続行。

蚊は英語でモスキート。沖縄口でガジャン。若者に恋人が出来ると、大人たちは「そうかい。では、今夜からはガジャンも寄らないよッ」と言い、喜びを表現したし、また、愛し合って、首筋や胸元などにキスマークがつくと女子「ガジャンの喰えッ=蚊の喰い跡。蚊の刺し跡」と、ごまかしたものだ。
かつて。私も首筋にロマンのマークがつき、喉も痛くないのに包帯を巻いたものだが、このところ、とんと無沙汰。「ガジャンもふり向いてくれなくなった・・・・」
前記の「十七八節」なのか。秋風にも似たわびしさが体の中を吹き抜けていく日々が多くなった。この夏。月影を追いながらガジャンに生き血を提供して、生きていることを確認したい。


ハブの話

2012-06-10 00:15:00 | ノンジャンル
 青い海青い空。泡盛。島うた。エイサー。紅型<びんがた>。空手。赤ばなぁ<ハイビスカスの一種>。基地。最近はゴーヤーおバァ<婆>が仲間入り。そして、ハブは常連としてランクインする。
 これらは、本土の人が「オキナワ」から連想するという言葉たちである。
 今週は「ハブ」が主役。
 ハブなる言葉は、沖縄語ではない。
 はぶ=〔波布〕クサリヘビ科の毒ヘビの一種。全長約2m。体は黄褐色の地に鎖状の暗褐色の斑紋。頭部は三角形で毒線が発達。動きがすばやく攻撃的。奄美諸島・沖縄諸島などに分布。
 辞書にそうある立派な日本語である。

 沖縄の陸上には、22種のヘビが生息。そのうち、毒ヘビは8種。危険なのは、ハブ、サキシマハブ、ヒメハブ、タイワンハブの4種に限られている。
 ハブは、琉球列島が大陸と陸続きだった数百年前にやってきたといわれる。その頃は、陸上海上ともに流動していて、海水面の上昇と下降をくりかえして島々ができた。そのため、水没した島ではハブは絶滅。宮古島や久高島のようにハブがいない島もあるということだ。また、陸海の変動とは関係なく、人間によって、中国大陸や台湾から持ち込まれ、沖縄本島北部に定着したタイワンハブ。南部に定着したサキシマハブの例もある。
 毒を持ってはいても、危険性が低いのはガラスヒバァ。黒い地に白い横ジマの斑点があり、蛙を常食としているため、水辺をテリトリーとしている。体長110cm。いま一種は、方言名ナナフサー<七ふし>と呼ばれるハイ。ハイは、体長60cmほどで、オレンジ色と黒の縦ジマと横ジマの見た目きれいなヘビである。
 一方、毒は持たないものの代表はアカマタ。赤と黒のシマ模様。己が爬虫類でありながら、トカゲやヘビ、そして、ハブまで食する。170cmにもなる。リュウキュウアオヘビは、別名アオダイショウ。背中は緑色、90cmほどでネズミを食べる。方言名は、オーナジャーと言い、鰻<ンナジ>に例えたのであろう「大鰻=オオンナジャー」と名付けられている。
 他に、15cmほどで全身光沢のある灰色をし、土の中にいてミミズと見紛うブラーミニメクラヘビ。背中は褐色、腹は黄色。50cm。落ち葉の下などにいるアマミタカチホヘビ。台湾から持ち込まれた大型ヘビで、体長3mにもなり、沖縄本島中部に定着しているタイワンスジオがいる。


 琉球列島のハブは冬眠しない。年中、活動している。
 ハブに打たれても「小さいハブだから大丈夫」とするのは間違いで、ハブは生まれたときから、毒を保有しているし、牙を抜いたハブだからと安心するのも早計。ハブの牙は、年に数回生えかわるということだ。
 ハブ話は私が担当するRBCiラジオ「民謡で今日拝なびら=逢ちゃりば兄弟・金曜日」の放送で、沖縄県衛生環境研究所ハブ研究室寺田考紀氏に教えていただいた学術データである。ハブ談義の足しにしていただきたい。
       

 ところで。
 俗語に「ハブ捕やぁ=ハブ とぅやぁ」がある。
 直訳すると「ハブを捕る人。男」のこと。沖縄にも奄美大島にも、ハブ捕り名人はいるし、それを副業としている人もいる。しかし、俗語が意味するのは、やたら、女性にチョッカイを出す男。昔風に言えば、女を落とすことに長けた男のことである。とは言っても、女性をハブと同列に置いたのでは決してないことを強調しておきたい。色事は、家庭争議はじめ、義理も人情も踏みにじる場合がある。道義、道徳に反し、ことによっては、血の雨を降らす危険性をはらんでいる。その危険を「ハブ毒」としたのである。
 私の周辺にも「ハブ捕やぁ」がいるが、特別、色男でもないのに、女性に近づき、親しくなる術を心得ている。ハブ毒に臆さないから「立派!」と言うべきか。
 「オレもハブ捕やぁになろう!」
 今、そう一念発起した貴君。止めはしないが、ハブや女性の研究をよくすることから始めた方がよかろう。沖縄の諺にもある。
 「女ぬ果てぃれぇ 蛇ないん=うぃなぐぬ はてぃれぇ ジャーないん
 女性が怒り、身を捨てて行動するときは、蛇にも鬼にもなるとしている。さあ、どうする。