トシの読書日記

読書備忘録

初期の習作集

2012-09-10 17:16:09 | あ行の作家
大江健三郎「空の怪物アグイー」読了



本作品は大江健三郎フェアのリストには入れてなかったんですが、書店で見つけたので読んでみました。


7編からなる短編集です。大江の発表した長編につながる作品が多く編まれています。最初の「不満足」、これは「個人的な体験」の何年か前の設定になっているし、表題作である「空の怪物アグイー」はやはり「個人的な体験」の裏バージョンとでもいいましょうか、「空の…」では、子供を見殺しにしてしまって、その亡霊が時々空から降りてきて主人公に語りかけるという話になっています。


全体に軽い仕上がりになっていて、「芽むしり仔撃ち」とか「遅れてきた青年」などとは全く違った作風になっているのに驚きました。今までの大江作品は、全体に重厚で疲れるという思いでありましたが、こんな作品もあったんだ、と意外な気持ちです。


この中の「ブラジル風のポルトガル語」という短編が、次に読む予定の「万延元年のフットボール」につながる小説ということで、ちょっと楽しみです。



書店で以下の本を購入

大江健三郎「われらの時代」

心の庭を散歩する

2012-09-10 16:44:27 | た行の作家
辻原登「抱擁」読了



大江続きでちょっと軽めのものをと思って手に取ったんですが、なかなかどうして、読ませる作品でありました。


いわゆる幽霊譚といわれる話なんですが、昭和の始め、日本有数の華族である前田候爵家に仕えた小間使のモノローグという形式でストーリーは展開していきます。前田家の二女、緑子の世話をする主人公が、ある時緑子の様子がおかしいのに気づく。他に誰もいないのにそこに誰かがいるようなふるまいを見せるわけです。前に小間使だったゆきのという女性がいて、その夫が2・26事件の首謀者の一人ということで処刑され、ゆきのは後を追って自殺したという過去があり、緑子の見ているのは、そのゆきのの亡霊ではないかということがわかってきます。そして話は意外な方向へ展開を見せ始めます。


いやぁ構成が緻密ですね。寸分のすきもないゴチック様式の建造物を見せられたような気分です。しかし最後の一行、緑子が主人公にささやく言葉、「さよなら、ゆきの」。これでわからなくなりました。緑子は主人公の中にゆきのを見ていたのか?どうなんでしょう。謎は深まるばかりです。


いずれにせよ、たまにはこういった完璧に仕上げられた作品を読むのもいいもんです。



書店で以下の本を購入

大江健三郎「空の怪物アグイー」