特別快速「きたみ」
特別快速「きたみ」は、昭和63年3月、青函トンネルの開業に合わせたダイヤ改正により誕生した、石北本線に設定された快速列車です。
道内では特急列車の増発など活発な改正となりましたが、一方では「オホーツク」の増発で便利になった石北本線は、白滝地区の直通普通列車が1日1往復のみとなる区間ができてしまうという、本線という名にあるまじき路線になってしまいました。
つまり、石北本線を直通するには、実質特急列車に乗らなければいけないダイヤになってしまったわけです。そんなこともあって、区間直通客の救済のためのように誕生したのが、特急券のいらない俊足ランナー、特別快速「きたみ」って感じのようです。
昭和63年6月25日 旭川駅にて
初めて特別快速「きたみ」に逢ったのは、まだ登場間もない頃です。
新型車両と異状にまで大きいヘッドマークは、当時としては邪道とまで思っていました。まだ客車急行たちにもヘッドマークが付いていなかった時代です。
平成3年7月8日 石北本線内 撮影地不詳
約3年後、フェリーによりクルマを持ち込んで、釧網本線から深名線へと抜ける際に途中で時間を合わせて撮影したものです。なんの目標もない山の中での1枚なので、どの辺りで撮影したものなのか、まるで見当が付きません。
今でも石北本線の輸送体系はこの頃と変わりなく、大幅に違っているのは急行「大雪」が特急に格上げ、そして廃止になってしまったことぐらいでしょうか。
特別快速「きたみ」は健在ですが、このヘッドマークはなくなってしまったようで、Wikiで調べて初めて知りました。
Wikiではヘッドマーク付きの「きたみ」の写真の提供を求めていたので呼びかけを行ったところ、少し時間をおいて連絡が付きました。ネットの威力ってすごいですね。
そんなことで、現在はこの写真がWikiに掲載されております。
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特別快速「きたみ」は、昭和63年3月、青函トンネルの開業に合わせたダイヤ改正により誕生した、石北本線に設定された快速列車です。
道内では特急列車の増発など活発な改正となりましたが、一方では「オホーツク」の増発で便利になった石北本線は、白滝地区の直通普通列車が1日1往復のみとなる区間ができてしまうという、本線という名にあるまじき路線になってしまいました。
つまり、石北本線を直通するには、実質特急列車に乗らなければいけないダイヤになってしまったわけです。そんなこともあって、区間直通客の救済のためのように誕生したのが、特急券のいらない俊足ランナー、特別快速「きたみ」って感じのようです。
昭和63年6月25日 旭川駅にて
初めて特別快速「きたみ」に逢ったのは、まだ登場間もない頃です。
新型車両と異状にまで大きいヘッドマークは、当時としては邪道とまで思っていました。まだ客車急行たちにもヘッドマークが付いていなかった時代です。
平成3年7月8日 石北本線内 撮影地不詳
約3年後、フェリーによりクルマを持ち込んで、釧網本線から深名線へと抜ける際に途中で時間を合わせて撮影したものです。なんの目標もない山の中での1枚なので、どの辺りで撮影したものなのか、まるで見当が付きません。
今でも石北本線の輸送体系はこの頃と変わりなく、大幅に違っているのは急行「大雪」が特急に格上げ、そして廃止になってしまったことぐらいでしょうか。
特別快速「きたみ」は健在ですが、このヘッドマークはなくなってしまったようで、Wikiで調べて初めて知りました。
Wikiではヘッドマーク付きの「きたみ」の写真の提供を求めていたので呼びかけを行ったところ、少し時間をおいて連絡が付きました。ネットの威力ってすごいですね。
そんなことで、現在はこの写真がWikiに掲載されております。
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