とんでもないぜ、こりゃ!たかが10数分のコントに、こだわりの装置が仕上がった。ほれ、見てくれ、この神社!
見てくれも立派だが、細かいところにふんだんな工夫が凝らされている。まず鈴だ。もちろん音が出る、それも本物そっくりに。材料は100均購入のステンレスボール2個、中にはこれまた100均由来の鈴が数個。引き紐も米沢市内の神社と同じ仕様になっている。しめ縄が中膨らみにできなかったと残念がっていたが、なになに、粗さがしでもしない限り気にならない。賽銭箱などそのまま神社に置いても、誰も不審に思わないだろう。
他に、社務所も出来ている。が、何と言っても驚きの細工は、賽銭の投入とその後の動きだ。ここの神様、金銭的合理感覚に富んでいて、ご覧の通り、お賽銭は札と硬貨はべつにいれるようになっている。賽銭の額によりご利益がことなるからだ。しみったれの参拝者が小銭を入れると、賽銭箱の中でチーンと音がする。ちぇっ、硬貨かよ!って神様の舌打ちが聞こえるって寸法だ。
一方お札だと、いったん箱に落ちた札はゆるゆると宙に舞い、お社の神様の手に届くという寸法だ。これは、どっちも見物になること間違いなしだ。役者の演技でその光景をたっぷり見せれば、きっと驚きの拍手喝采となるだろう。もしかしたら、劇の途中で、賽銭入れだけアンコールすることになるかもしれない。
いいなぁ、こういう手練手管、外連味たっぷりの仕掛け、大好きだ。芝居てのはこうでなくっちゃ。お話しや会話の妙ばかりじゃなく、衣装であったり、道具であったり、装置であったり、舞台上の諸々が観客を別世界に誘い込む、それが芝居の楽しみだよ。
こんなこだわりの装置を一人コツコツと作り続けて、ほくそ笑んでいる装置屋さんが、菜の花座にはいる。これ以上の宝はないなぁ。
で、舞台で使った後の使い道なんだが、公演終了時には当然出口に鎮座していただく。これは誰でも考える。さらに、その後もプラザの入り口とか図書館の入り口とかに常設してみてはどうか。「ひさし大明神」ご利益は学業成就!天神様にも負けないパワースポットになるぞ。入試の勉強に通って来る中高生にはきっと大きな励ましになるだろう。あるいは、井上さんの『闇に咲く花』に出て来る「愛敬稲荷神社」でもいい。で、上がったお賽銭は、菜の花座へ、おっとそれはない、井上さんにちなむボランティア事業とかへお渡しする。貧困児童の食事サービスとか、学習指導グループとか。いいと思うんだなぁ。でも、世の中、こういう洒落や遊びを嫌う人、けっこう多いから、ダメかもな。そんな四角四面の人こそ、芝居を見ろ!演劇に顔を出せ!って、なんか、八つ当たりをして、今日はお終い。
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