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ステージおきたま

無農薬百姓33年
舞台作り続けて22年
がむしゃら走り6年
コントとランとご飯パンにうつつを抜かす老いの輝き

有名タレントで客を呼ぶ、是か非か?

2015-07-11 13:56:06 | 地域文化

 フレンドリープラザの運営委員会だった。年に2回、かな?多分。もう随分長いこと委員を引き受けている。いい加減、譲って、他の演劇関係者と交代するってこと考えたいのだけど、今年もどうかよろしく、と頼まれると、世話になってるプラザのこと、できることならなんでもしなくちゃ、という気持ちで今年も席に座っている。

 ここ数回、中心になる話題は、プラザの利用者が減少しているということ。中でも町内の来館者がとても少ないことが課題としていつも上げられている。たしかになぁ、以前の熱気は感じられなくなったよなぁ。演劇に限っても、上演本数が激減しているし、公演当たりの観客数もかなり厳しい。永井愛さんの『鴎外の階段』、あんなに高く評価された作品でさえ、180名、菜の花座並のまばらさは寂しい限りだったし、こまつ座もかつてのような動員力を失いつつある。一度もプラザに足を運んだことがない、なんて町民も数多い。そんな現実をどう打開するか、いつも決まってここに議論が集中する。

 今回の運営委員会で大きな声として上がってきたのは、知名度の高い、てことはテレビに良く出てる有名タレントを呼んだらどう?って提案だった。あの人が来んなら、見てみたい、誰もが飛びつく?興行を打って、まずは来てもらうことでしょ、って考え方だ。前回までは一部委員のつぶやき程度だったものが、今回は他にも賛同者が現れ、それも必要かも?って雰囲気も緩やかに流れた。

 もちろん、館長は、貸し館事業ならともかく、自主事業の貴重な財源を、タレントの顔見せに使うつもりはないと明言していたが、じゃぁ、どうするの?と追撃受けると、解決策には言葉が詰まってしまう。4月の吉里吉里忌など、他市町村や県外らたくさんの人を集めていたり、やはり外からの利用ではあっても、生活者大学校や図書館のように、川西と言えばプラザと高い評判を勝ち得ている実態を、それはそれで貴重だと現状に理解を示す町担当者の助け船もあったが、町民の税金を使って他地区の人たちに喜んでもらってどうする!の批判は、けっこう痛いところを突いている。

 しかしなぁ、タレント呼んで客集め、これって虚しかないか?川西の文化芸術レベル、こんなもんですってギブアップするようなもんだ。そうやって客寄せパンダ見たさにプラザに押しかけた町民が、それをきっかけに菜の花座とかプラザ寄席とか、松川さんのコンサートとかに興味を示してくれるようになるって、あり得ないだろ。逆に、なんだ、地元の連中かそんなの詰まらねえに決まってたべ!ってますます足は遠のくのが落ちだ。

 そんじゃどうすんの?!

 運営委員って立場からすりゃ、館長支持!頑張れプラザ!って応援すりゃそれで済むわけだけど、菜の花座、菜の花プラザシニア団、シニア演劇学校とずっぷりどっぷりお世話になってる身としちゃ、被告人その3くらいではあるわけで、なんとか具体的解決策を提案しなけりゃと頭を悩ませた。タレントに頼らず、地域の人たちをプラザに拘引拉致するにゃどうしたらいいのか?

 一つはアウトリーチ活動、つまり文化芸術の出前だと思う。少ないプラザ職員に地域に出て、本読みしろとか、紙芝居やってこいと言うつもりはない。アウトリーチ活動をプラザの活動の一環として位置づけ、プラザの周辺で活動する様々なグループ、菜の花座、おはなし会キラキラ、ブックブックおきたま実行委員会などをその得意分野でどしどし地域に派遣していけばいい。芸文協会に所属する踊りや合唱の団体だってお願いすれば引き受けてくれるに違いない。いや、お願いじゃなく、登録団体になってもらうってことだ。

 菜の花座ならば、コントだ。人形劇だってできないわけじゃない。地域のお年寄り、婦人グループ、小中学校、幼稚園、プラザが窓口になってニーズを引っ張り出してくれれば、それにマッチする出前の一品を準備しようじゃないか。菜の花座としては、すでにこの取り組み開始している。昨年は小松地区の収穫祭に参加した。今年は、飯豊町からもオファーを受けている。

 町内で活動するいろんな団体、決して質は低くはない。ただ、町民の多くは知らないだけだ。プラザで行われる諸事業も同じこと。こちらから出向いて、文化芸術活動を身近なものにしていく。その際、プラザが中心なって活動が展開していることも伝え、プラザに来ればもっともっと本格的な催し物が見られることを宣伝してくればいい。アウトリーチ活動=プラザ出前舞台・お話し会・紙芝居・人形劇・・・・・、積極的に展開すれば、現状打破の一歩になるに違いない。

 さらにも一つ考えた。それは、町内芸術団体のコラボレーションによるショーステージだ。例えば、日舞グループの踊りと置農演劇部の演歌舞踊、それをつなぐ形で、菜の花座が大衆演劇を披露する。ただ一緒にやるというだけではダメだ。一つのストーリーに沿った総合舞台にする必要がある。例えば、藤柳美香次さんの『八百屋おしち』。素晴らしい舞踊レパートリーをお持ちだ。これをメインにして恋に狂う女の生涯を一つのステージとして作り上げる。これなら、日頃芝居や踊りに縁遠い方たちも興味を持ってくれるだろうし、さらに出演者を広げて行けば、新しい形の町民ショーステージに仕上がっていく可能性、大いに有りだ。うん、なかなか面白くなってきたぞ。

 タレントなんかでお茶を濁すな!地元力の活用だよ!プラザの賑わいには、町民の多くを引っ張り込むことなんだ。みんなが踊り手、みんなが歌い手、みんなが演じ手、そう、千人役者のいる町作り、これは千人アーティストのいる町作り!に発展解消だ!

 

 

 

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やっぱり当て書き、台本完成

2015-06-30 13:49:03 | 地域文化

 書けない!進まない!アイディア浮かばない!締め切りは刻々と迫ってくる。もう練習日程も決めて、会場だって押さえてるある。出演者も今か今かと待ってることだろう。うーん、いかん!完全に手詰まり、行き止まり、糞詰まりだ。

 米沢市の芸術文化協会からの演出・台本執筆の依頼。今年は米沢市のフェスティバルを越えて、山形県の芸文祭の開催記念フェスティバルなんだ。同じく請け負った過去2年より以上の仕上がりが期待されている。全体のプランはすでに出来て、芸文の各団体は本番に向けて打ち合わせやら稽古やらどんどん進んでいる。なのに、舞台をつなぐショートストーリーの台本ができていないのだ。

 苦しい事情があった。昨年までは、子役と高校演劇部の生徒で進行してもらった。これ、ある意味ずるいやり方で、特に子役が出れば、そのめんごさでだいたいのところは笑って許してもらえる。高校生についても同じ、よく出てきてくれたね、頑張ってるね、と観客の反応は最初から好意的だ。もちろん、子役も高校生もそのアドバンテージに甘えることなく、素晴らしい演技をしてくれたので、ますます評価は高いものになった。

 今回、その二つの貴重な持ち駒が使えなくなったんだ。まあ、マンネリを脱したいというこちらの意図もあったのだが、ともかく、青年と少女で進めようと構想した。傷心の旅の青年が不思議な少女と出会い、米沢を案内されながら、愛の町米沢に心惹かれていくというストーリーを考えた。配役には過去2年、ダンスで出演してくれている若者二人が適任だとイメージして思いついた設定だった。

 ところが、この二人も本番当日都合がつかないことが判明した。ピンチ!どうする代役?やばやばやば、とかなり動転してあちらこちら当たった末、置農演劇部卒業生二人が快く引き受けてくれることになった。さすが置農演劇部!助かった!

 でも、想定よりはちょっと、いやかなり?年上なんだなぁ。青年もセンチメンタルジャーニーの旅人にしては逞しすぎる。つまり、当初の役のイメージと実際の役者の持ち味とがかなり行き違ってしまったってことなんだ。と、なると台本書きは一気に辛くなった。思い浮かべていたせりふやシーンが使えなくなってしまった。無理矢理新しい二人にしゃべらせようとすると、つんつるてんの洋服着せたみたいに滑稽なものになってしまう。

 さて、どうしたものか、少女を小野小町にしちゃおか、なんて究極の奇策さえ浮かんできた。となると、青年は深草少将か?えっ、あいつが?ありえないだろ!それに、小町は小野川温泉の守り神?米沢全体を代表はできないしなぁとか、イメージはあらぬ彼方へ飛び跳ねてまるっきり具体的なアイディアを結んで来ない。三日三晩?悩み抜いて、もう、書き始めるしかないと腹をくくって書き始めたのが昨日。

 地図はもちろん道しるべもなし、先々の見通しもきかない、こんな状態で始めて上手く行ったためしはない。でも、ともかく二人の姿と持ち味を頭の片隅に置きつつ書き進めた。

 と、これが、なんとしたことか!!思いがけず上手く転がるじゃないか。二人のコミカルなイメージからギャグも浮かんできたし、少女も優しくなよやかな感じではなく、逞しく溌剌とした女の子?いや、女性に変わって行った。と、どうだ。次々とせりふが出てくるじゃないか!二人の会話が面白くなって行くじゃないか!最初のイメージのメランコリックで詩的な男女から、ちょっとずっこけたお笑いコンビのような二人が生き生きと浮かび出てきた。

 これだよな、これが当て書きってことなんだ。二人のユニークな人柄、見知った演技力、顔立ちから声から仕草からみな知ってるから、どんなやりとりが面白いか、どんなシーンだと感動を呼べるか、自然とわき出てくるんだ。ということで、まる一日かかったけど、10ページ程度、5つのシーンのショートストーリーが完成した。気軽に引き受けてくれたことといい、台本書きのエネルギーを与えてくれたことといい、二人には本当に感謝だ。

 まだ、多少手直しは必要だが、基本はできた。さっ、いよいよ稽古に入るぞ!て、ことで、青年役の男には、旅先の九州で博多ラーメンなんかにうつつ抜かしてないで早く帰ってこい!ってFace Bookにコメントした。出来れば、おみやげ持ってな。

 

 

 

 

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気楽におやりよ、地域おこし協力隊

2015-06-22 16:08:13 | 地域文化
 高畠町の地域おこし協力隊のHさんが訪ねてきた。町内を回って様々な人から話を聞いているところだと言う。

 えっ、家へ?今更地域おこしで話しなんてできないよ、・・・

 20年くらい前には、たかはた共生塾の事務局とか担当していたから、それらしきことに縁がなかったわけじゃないけど、今はね、とんとね。地域おこし?あっ、そうですね、頑張ってください、程度の関心しかないから、時間の無駄だと思うよ。

 初対面のHさんは山形市の出身、関東の大学を出て、この4月から地域おこし協力隊員として活動している。3年間の任期、まずは地域の人たちから話しを聞くこと、この姿勢は謙虚だし、地域に入っていく方法としても間違いない。これまでにもかなり多くの人とつながりを作ったようで、高畠町に疎い僕などがぽつらぽつらと上げる人材にはほぼ全員面談済みのようだった。大したもんだなぁ、この行動力と臆することなきコミュニケーション力!人見知りの激しい僕など到底及ばない。これで大卒一年目だっていうんだから。

 いろんな人から話を聞きつつ、自分が関われそうな部面を見いだして行きたいとは言っていたもの、すでに彼の中にはやりたい企画のイメージはできているようで、それは、たかはた共生塾が長らく続けてきた「まほろばの里農学校」の現代版みたいなものらしい。高畠の魅力をアピールして都会人を呼び込み、高畠ファンになってもらって、あわよくば移住者も生み出したい、ほれほれ、「まほろばの里農学校」じゃないですか。

 最初は若き熱気に煽られて頼もしく聞いていたものの、話しが核心に近づくにしたがい、だんだん気が重くなってきた。

 まず、彼が高畠の魅力と認識するものの内容だ。里山に囲まれた美しい田園風景、まっ、これはそうだ。だが、訪問者を優しく包み込むコミュニティ、となると、う~~~ん、どこの話ししてんの?たしかに高畠の人はよそ者に寛容だし、どちらかと言えば人なつこい。でも、それだけで、都会から人呼べるのか?概して山里の住人は人恋しいのだ。なにも高畠に限った売りではないだろう。

 じゃあ、「まほろばの里農学校」はなぜ成功したんだ?それは、有機農業を先かげて実践した農民たちが受け入れの主体だったからだ。世間の蔑みの言動にもめげす、農法を確立し、都市の消費者と「提携」という新しい関係を築いた彼ら高畠の有機農業者には、語るべき思想があり、提供すべき農産物があり、都市生活者を魅了する話術を持っていた。だから、こぞって高畠を訪れ、高畠に魅了され、ついには数十名もの移住者を生み出すことができたのだ。

 まさか、過去のスター?たちの再登場を狙っているわけではないだろうから、彼が魅力的なコミュニティと言う時、それはどこのどんな人たちなのか、どうもぴんと来なかった。多分、彼を受け入れて様々な面倒を見てくれている人たちの優しさなんだろ。でも、それで都会から人を呼べるのだろうか?日本全国、都市との交流人口を増やそうってやっきになってるんだもの。

 話しを聞くうちにますます気が滅入り、長い気詰まりの間なんてものも生じてきた。なんだか、聞いているのが辛い。動画配信とか、ソーシャルネットワークの活用とか、今流行の手法が話題に上れば上るほど、どうもなぁ、と不安は募った。なにか、違う、なにか、欠けている。

 それは、時間なんじゃないか?大卒1年、地域に入って3年間でなんか形を残したいって、無理があるような気がするんだ。高畠にはたくさんの大学生や院生が研修に来た。いや、今も続けている大学のゼミも多い。そう、Hさんと同じ年頃の若者たちが、何かを学ぼうと高畠詣でを続けている。僕の貧しい経験から言っても、20代前半は、必死に食い扶持を稼ぎつつ、片隅から社会を睨み続けていた。若いうちに成功しなくたって、一向にかまわない。

 起業ブーム、あれの影響かな。若くたってアイディア一つでぬきんでることができるし、それが活力源になる。たしかにIT関連のベンチャーとかならそれもあるだろうけど、ずーっとこの地で暮らす人たち相手の仕事には不向きのペースじゃなかろうか。何か役に立ちたい、その熱い気持ちは大切だ。必死でアイディアを振り絞り、実現に向けて走り回る、これも重要だ。

 でも、大したことできっこない、失敗したっていいんだって、気持ちのゆとりも持っていて欲しい。3年間、高畠にみっちりどっぷりのめり込み、悪戦苦闘を楽しんでくれれば、それがいつか、協力隊員にも地域にもなんらかの役に立つ。そのぐらいのなあなあな感でいいんだと思う。教師だって、最初の一年は研修中心だし、二年目には副担任として見習い、3年目でようやく担任を任される、これがフツーのペースなんだから。

 即戦力!騙されるなよ。役場だってきっと期待しちゃいないんだから。気負うなよ、転けたら大けがするから。それより、一生の宝になる何かをしっかりと掴んで行って欲しい。なんたって、『協力』隊なんだから。地域おこし請負隊じゃないんだから。
 
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千人役者のいる町

2015-02-26 09:52:41 | 地域文化
 昨日、役場広報誌担当者の取材を受けた。3月15日発行の川西町町報を演劇特集にしたいってことだった。菜の花座のこと、シニア演劇学校のこと、置農演劇部のことなんか、いろいろ聞かれた。

 そうだなぁ、子ども演劇教室はあるし、高校演劇も置農って目玉あるし、アマチュアあって、シニアまで、残るは中学校くらいのもんだから、こりゃ町報の特集になって当然だよな。ここまでそろってる地域なんてそうそう無いものね。まっ、企画の発端は井上さんの吉里吉里忌が4月19日にあるから、それを盛り上げようってところだろうけど、それはそれ、町はもっともっと演劇に力を入れていいと思う。

 取材の中で、「千人役者のいる町」って言葉が話題になった。誰のだぼらだ?あっ、そうか僕が言ったんだった。昨年、フレンドリープラザ開館20周年記念トークイベントで口から出任せその場限りでくっちゃべったんだった。いや、忘れてた。トークイベントとかシンポジュームって出演者何人かいるわけだから、なんとか気の利いたことしゃべろうと夢中で考えるんだ。もちろん、他の発言者の話しだって聞きながらだけど。そのとき、おっ、これちょっと行けるかも!って思いついたのが、「千人役者のいる町」ってキャッチフレーズだったわけ。

 千両役者って言葉をもじった「千人役者」、絶賛される役者いなくても役者が千人もいる町、これなかなか魅力的だと思わないか?川西の場合、人工17,000人だから、町民の6%が役者ってことだ。そりゃ無理だろう、うん、たしかに目標と掲げるには無謀な数字だ。でも、置農演劇部が時に全校生徒の7~10%もの部員を集めてることからすれば、夢のまた夢とまではいかんのじゃないか?それ問題のすり替え!役者ばかりでなくたっていい。裏方やファンやパトロンも含めて1,000人だったら大いに可能だろう。

 著名な演劇人を連れてきて劇場運営させたり、高校に演劇科=表現科作ったりするより、町上げての演劇狂い?の方がぜったいインパクトあると思うな。町の知名度は間違いなくアップするし、そこまで行けば劇団の力量も上がってるだろうから演劇で観光客集めるってことだって可能になるだろう。それに、これが何よりだけど、町民が元気になる。舞台に出て生き生きしない人間なんていないから。楽しい芝居みて心豊かにならない人間なんていないから。

 トークイベントのそば限りの発言だったけど、「千人役者のいる町」これかなりいい線行ってるよ。川西はこのキャッチフレーズで行ったにいい。町の大きな財産の再確認だ。井上さんの吉里吉里忌がこのきっかけになればこれ以上のことはない。町が生んだ偉大な喜劇作者、文明批評家、その足跡を創造的に生かすこと、それが井上さんの意志を継ぐことだと思うんだけど、どうだろう?
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冷や汗もの!松田甚次郎トークイベント

2014-10-26 09:12:11 | 地域文化
 何を話せって言うの?松田甚次郎?まっ、知っちゃいるけど、以前かの名著『土に叫ぶ』を読んで感動したってくらいのこと。そうそう、この冬、近江正人先生の講演も聴いてたっけ、って程度のこと。なのに、

 新庄市で松田甚次郎を掘り起こして地域作りの支柱にしていこうという若手グループ「新庄の種」プロジェクト(若手ばかりの自主的取り組み素晴らしい!)に招かれてトークイベントにスピーカーとして参加した。声をかけてくれたのは高校演劇での先達で詩人としても著名な近江正人先生で、もう一人のスピーカーを近江先生がつとめる。コーディネーターは尾花沢出身の脚本家・あべ美佳さん。テレビドラマや映画のシナリオを手広く手がけているばりばりの若手シナリオライターだ。

 で、問題は僕、何を話せばいいの?ってこと。近江先生は新庄の出身、甚次郎にはいたって思い入れも深くその分研究も生半可のもんじゃない。彼の人生のすべてが詳細な年表のように頭に入っていらっしゃる。博識だけではない、甚次郎の事績の評価や魅力なども緻密にかつ熱く語っておられる。一方僕は、どうやら僕の生き方が甚次郎に似てるってとからの推挙であったらしい。

 たしかに、本来小作人でもないのに百姓仕事してるし、彼が目指した有機農業心かげているし、食品加工を大切に実践してるし、農民演劇ってわけじゃないけど演劇にも血道を上げている。まあ似ていなくもないか。でも、外観はそれなりでも、中身がまるで違う、当たり前だけど。いちい上げるまでもない、ただ一つ書くとすれば、真摯さまじめさのあるなしってことだ。ちゃらんぽらんで意地汚い僕など甚次郎の足下にも及ばない。比較にゃならんよね。だけど、ある意味そのルーズさこそ甚次郎を今に受け継ぐキーになるんじゃないか、とも思ったんだ。今更、農本主義でもないからね。

 ということで、甚次郎の解説はもっぱら近江先生のお役目、僕はひたすら自分のたどった道や今の暮らしぶりをお話しした。なぜ農業に目覚めたかとかたかはた共生塾の話とか、古くは盛岡時代の”豊かな”たべものを求める会の活動とか。古いよねぇ!ないのか過去の逸話しか!って感じだし、聴衆は、甚次郎となんのつながりあんなや?ってぽかんとしてたかな。

 でも、僕には僕なりの考えがあって、農業を今に生かすには豊かさとか楽しさという視点が欠かせないってことや、「まほろばの里農学校」(たかはた共生塾が開校し多くの高畠移住者を生み出した都市住民を対象にした百姓による農学校)の実践に、甚次郎の心意気が高畠の百姓に引き継がれていたし、なにより都会から新規に地方移住してくる人たちを生かすことが地域活性化の切り札になる、なんてことを今に即して伝えたかったからなんだ。

 でも、果たして伝わったかどうか?なんせ、話しながらも、なに支離滅裂なことしゃべってんだい、って冷や汗たらたら心臓どっきどきだったもの。トークイベントって、司会から突如話題振られるし、時間制限されてるし、相手の発言とのかみ合いも求められるし、いやぁ、拷問のような1時間半だった。参加者の皆さん、主催者の皆さんごめんなさい。

 その夜、反省と羞恥のあまり寝苦しい一晩を過ごしましたってことで勘弁してください。


 


 
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