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Days of taco

やさぐれ&ヘタレtacoの日常と非日常

アレとソレの前に

2016年12月31日 | 日々、徒然に

2016年も終わりとな。

大晦日の今日も、版元と電話で長時間打ち合わせたりして、

先方もガチなので、こちらもガチで行かない、と。

冬休みの宿題をたっぷり残したまま、

ギリギリのところで蕎麦をいただく。

こうなったら麦のアレじゃ、米のソレじゃあ、と

意気込もうとしたら、すでにカウントダウン。

 

今年もいろんなことがありました。

来年もきっと、いろいろあるでしょう。

退屈しなきゃいいなと思うだけです。

みなさん良いお年を。

 

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一目瞭然の可愛さ

2016年12月31日 | 映画など

ハワード・ホークス監督「教授と美女」を見る。

百科事典を編集する世間知らずの男と、

アバズレ(死語)な踊り子が織りなす恋愛コメディ。

 

 

学問に関する知識は豊富だけど、

恋愛にはまったくの奥手という

役どころのクーパーは、まさに適役。

そんな彼をとりまく編集者仲間の爺さんたちが、

いちいちキャラが立っているのだけど、

みんなちっちゃくて、なんか可愛い。

そんな爺さんたちが、

バーバラ・スタンウィックと意気投合して

踊り出す場面の心地良さ。

映画を見る快感ってこういうものかと思ったりする。

 

きびきびして、堂々として、何のてらいもない演出。

それでいて無類に面白くて、

登場人物、特に女優さんの魅力的なことといったら、ない。

 

山田宏一さんは、

その著書「ハワード・ホークス映画読本」で、

 

ハワード・ホークスとは一目瞭然の映画だ。

 

と書いている。

芸術とか思想。あるいはメッセージとかイデオロギー。

そうしたものから脱却できているのが、

ハワード・ホークスの映画なのだろう。

ただの娯楽。そして快楽。それが映画だと言わんばかりの。

 

 

 

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師匠の言葉を胸に

2016年12月30日 | 小さなことからコツコツと

原稿を1本書いたあと、文字起こしの続き。

ライターさんと打ち合わせもあったりして、

ほんとに年の瀬という感じがしない。

あと、3月に出す本の原稿が山ほど溜まっていて、

まさに小さなことからコツコツと(by西川きよし師匠)やっていくしかない。

そうこうしているうちにデザイナーさんから

デザインの仕上がりがメールで届いて、対応に追われるという、

やさぐれるヒマもないとはこのことか。

 

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その後の愛しき大地

2016年12月29日 | やさぐれ男のつぶやき

年末年始は休みがないことが決定。

休めないからといって、過労で死ぬことはないと思うし、

もともとワーカホリックだから、どうでもいいんです、

とやさぐれモードの29日。

自分はたぶんまだ死なないけど、

レイア姫のお母さん、というかキャリー・フィッシャーの母、

デビー・レイノルズの訃報が。

さらに根津甚八さんが亡くなったという。

ニュースサイトを開くたびに、こんな知らせばかり。

 

 

「さらば愛しき大地」と「その後の仁義なき戦い」。

この2本で映画史に永遠に名を刻む甚八さん。

ご冥福をお祈りします。

 

 

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全宇宙が泣いている

2016年12月29日 | 日々、徒然に

ううっ。どうしたことだ。

なんだか強烈なパクチー臭がしたと思ったら、

しばらくの間、気を失っていたようだ。

 

気を取り直して、仕事をする。

安倍首相、真珠湾なんかに行っちゃって、

と思っていたら、

キャリー・フィッシャーが亡くなったというニュースが。

なんとも言葉が出ない。だってレイア姫だよ。

「ローグ・ワン」見なきゃと思っていた矢先にこの訃報。

 

レイア姫役で、その名は永遠に残ると思うけれど、

「ブルース・ブラザーズ」のジョン・ベルーシを追いかける女とか、

「ハンナとその姉妹」のチョイ役とか。出てるだけで嬉しかった。

ポール・サイモンの奥さんだったこともあり、

薬物中毒などで波乱万丈の人生だったと聞くけど、

それを経ての「フォースの覚醒」出演は、それはそれは感動するわけで。

 

なんとも残念で無念。

まずは「ローグ・ワン」を見に行きます。

仕事なぞしている場合ではないのだろう。

だってレイア姫が亡くなったんだよ。

全宇宙の人たちが喪に服しているに違いないし。

 

 

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邪悪と別れる50の方法

2016年12月27日 | 邪悪なT君

うひょひょひょひょひょ。

 

あれ〜どうしたんですか。

せっかくとっておきのネタがあったんですけどね〜。

年の瀬に、敵前逃亡ですか〜うひょひょひょ。

 

コメント (3)
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僕と邪悪と校庭で

2016年12月26日 | 邪悪なT君

朝からクライアントと電話でやりとりしていたと思ったら、

昼より別のクライアントのところで打ち合わせ。

仕事場に戻ったら、またまた別のクライアントと話をして、

ライターさんから原稿をもらって、

2月に出す本の記事をデザイナーに発注したり、

さらに3月に出る本のデザインフォーマットの打ち合わせをする。

さすが12月も26日というか。みなさん仕事モード全開ですな。

こっちはついていくだけで精一杯です。

 

 

うひょひょひょひょひょひょひょ。

 

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めくるめくいとおしさ

2016年12月25日 | 映画など

片淵須直監督「この世界の片隅に」を見る。

シーンのひとつひとつが

いとおしくて、せつなくて、ひりひりする。

つまりは、傑作ということです。はい。

こういう映画が大ヒットというのは、

喜ばしいことだと素直に思ったりするわけで。

 

 

こうの史代の原作は、読んでいたのだけど、

例によって記憶力が悪いので、内容を忘れていた。

でも、本作を見ているうちに、ああこういう物語だった、

こういう人たちが出てきて、生きて笑って、悲しんで、また笑って。

そんな物語だったと、まさに記憶の片隅に、

原作を読んだときの感動が隠れていたのだろう。

その気持ちが体からあふれてきて、どうにもならなくなった。

つまりは、号泣してしまったという。

 

能年さん、あらため「のん」の声によるところも大きいのだろう。

主人公のすずのほわっとした感じが、

映画のトーンを決め。

人間味のある登場人物が行き来していく。

そこにいきなり入り込んでくる戦争という圧倒的な暴力。

 

「マイマイ新子と千年の魔法」でのファンタジックな

語り口が卓越していた片淵監督。ついにバケたかな、と。

アニメとか実写とかという次元を越えて、

映画としての力がみなぎっている。

 

 

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聖なる夜にやさぐれ男は

2016年12月24日 | 日々、徒然に

クリスマス? 

なんでそんなに浮かれんといかんのじゃ。あん?

とやさぐれながらイヴの今日も仕事とな。

 

ここまで来ると、年末年始が

どんな状況になってくるかが見えてくる。

かなり切羽詰まってきているので、

だんだん神経戦の様相を見せてくるんだな、これが。

 

そんな状況のなか、

人並みにトリとケーキを食したりして、

ちょっとだけ脳味噌を休ませようと目論む。

さらにディランの「クリスマス・イン・ザ・ハート」を聞いて、

やさぐれた気持ちを落ち着かせようと思ったけど、

ディランの歌声にドスが入りすぎていて、

心はざわついたまま、聖なる夜は更けていくのでした。

 

 

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変わる回転軸

2016年12月23日 | ささやかな幸せ

実は誕生日が10月だったのだけど、

「お祝いに寿司をご馳走してもよろしくてよ」

と言ってくれる人がいて、延び延びになっていたのが、

本日、ついに実現したという。ついでにメリクリな感じ。

 

 

こ、これってあの「ちゅうとろ」ってやつですか。

口のなかでとろけるような、

脳髄にまで染み込む、めくるめく快感ってこのことですか。

しかも、なぜカウンターが回ってないんですか。

どうも落ちつきませんね。んじゃあっしが回りましょうかね、

なんて、インチキな江戸前の噺家になったような気分。

 

こんなに幸せでいいのだろうか。

一年分の幸運を使ってしまったような気がする。

でも今年はもう終わりなので、

まだ幸運が少し残っていたということだろう。

 

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