坂本龍一「音楽は自由にする」(新潮文庫)を読む。
正直、自分は教授のファンとは言えない。
とはいえ。YMOも「い・け・な・いルージュマジック」も
「戦メリ」も「ラストエンペラー」も
同時代に聞いて見ていたわけで、いまより
少しだけ脳味噌が柔らかい時分に、文化的な滋養を
大いに与えてくれた人だから。追悼の意を込めて、読む。
教授、というあだ名がついているくらいだから、
教養あふれる環境で育ち、
学術的に音楽を学んできた人なんだろう、
と勝手に思っていたけれど、それは半分当たっていて、
半分間違っていたというか。
小学生の頃から著名な音楽家に
ピアノや作曲を習っていたとはいえ、
基本的には生意気な子で、
中学に入り、モテたいからという理由で
バスケット部に入り、ピアノをやめてしまう
エピソードがさもありなん、というか。
やめたからこそ音楽が好きだということに気づき、
以降、音楽の深みにはまっていき、
同時に文学や映画に親しんでいった生い立ち。
長じてプロのスタジオミュージシャンとなり、
YMOのメンバーとして一世を風靡する。
そのあたりの語りは割とあっさりだけど、
「BGM」に収録された「キュー」をめぐる
メンバーとの確執のエピソードはとてもせつない。
圧倒的に面白いのは、
「ラストエンペラー」でのベルトリッチ監督とのやりとり。
映画に入れる音楽について、
ものすごい注文の仕方をするベルトリッチに
四苦八苦しながらなんとか曲を作りあげる教授。
さぞかし大変だったと想像するけれど、
モノをつくるときの過酷さと
理不尽さによくぞ堪えたなあというか。
それでアカデミー賞を獲ったんだから、苦労が報われたかと思いきや、
複雑な心境を吐露する教授の語り口はとても誠実だ。
ところどころに、
教授によるさまざまなジャンルの音楽に対する
思いや解釈が語られているのも読み応えがある。
たとえば「ビハインド・ザ・マスク」が
アメリカですごく受けたことに対して、ここに
ロックの秘密があるのではないかと教授は語っている。以下、引用。
ロック性というのは、リズムパターンやグルーヴだけでなくて、コード進行にもあって、つまりある和音からある和音に行くときにすごくロックを感じる、ということがあるみたいなんです。アメリカで演奏してみて、初めてそのことに気がつきました。「ビハインド・ザ・マスク」は、だいぶあとにマイケル・ジャクソンやエリック・クラプトンがカヴァーしたんです。やはり、確かにロック・ミュージシャンを惹きつける要素があるんだと思います。ロック&ロール、つまり自然に体を揺らして転がしてしまうような何かが。
とても充実した編集がなされた本であり、
豊富な写真と各章ごとに、
詳細な脚注がついているのも嬉しい一冊。そして合掌。