三宅唱監督「ケイコ 目を澄ませて」を見る。
まぎれもない傑作。朝日新聞の映画欄で、
本作は岸井ゆきのの代表作になる、とあったが、
そんなレベルではないでしょう。岸井ゆきのは映画史に残る。
サブタイトルの
「目を澄ませて」とはどういう意味か。
「目を凝らして」でもなく「耳を澄ませて」でもない。
仕方ないので「目」と「耳」に
全神経を集中させていたら、涙が止まらなくなってきた。
これはいったいどうしたことだろう。
聴覚障害のあるケイコは、
手話がおもなコミュニケーション手段。
しかし、手話だけでは事足りず、
相手の唇を読み、さまざまな身振りと手ぶりを駆使する。
そんな彼女はボクサーであり、
ゴングもレフリーやコーチの声も聞こえないなか、
ひたすら対戦相手に向かっていく姿を
「目」と「耳」でとらえていたら泣けて泣けて。
彼女が戦う理由は何か。
映画はそこをテーマにして、
言葉を発することができない彼女の葛藤を
なんとか映画のなかに残そうとする。
16ミリフィルムで撮られたという、
粒子の粗い映像と、劇伴がまったくなく
リアルな現実音のみのサウンドが
より彼女の外側(ボクシング)と内側(葛藤)の戦いを
際立たせていくのだ。荒川土手の水の音。かすかな風。
街や路地の気配のなかに溶け込む彼女の佇まい。
岸井ゆきのの演技は称賛されてしかるべきだが、
ジムの会長役の三浦友和など、
脇をかためる俳優たちも素晴らしい。
海外で受けそうな映画だと思う。
シネフィルもきっと大喜びだ(自分も、そう)。
でもそんなことはどうでも良い。
ただ、見て、人生に立ち向かっていく岸井ゆきのに泣くがいい。
そして少しは前を向いたらどうだ、と。