Days of taco

やさぐれ&ヘタレtacoの日常と非日常

息抜きはいつもビールの話

2007年08月30日 | 日々、徒然に
午前中は江戸川橋で取材。
2時間ほどインタビューや写真撮影をおこなう。
携帯の留守電を聞いたら、
取材依頼の電話が何件も入っており、
ありがたいと思いながら、バッティングしまくりで、
お断りせざるを得なくなる。すみません。

仕事場に戻り、
1時間ほど要件をすませたあと、水道橋へ。
とある本の企画で、Nさんとお会いする。
いろいろと打ち合わせをしつつ、
なんとか企画を実現させようと、自分に気合を入れる。

そのあと九段下でY嬢と待ち合わせて、S社で打ち合わせ。
懸案事項について、いろいろと話し合う。

仕事場に帰る電車の中では、
ヱビスのグリーンラベルが美味い、
とかそんな話ばかりする。

仕事場に戻ると、
いろいろと電話がかかってきて、対応に追われる。
L誌の編集長から、とある人の取材をしましょう、との
連絡をいただく。大物である。
実現したら、かなりスリリングな体験となるに違いない。

てな感じで、今日も一日が終わる。
原稿、書かねば…。
頑張りましょう、自分。



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晩夏のつぶやき、冷たいラーメンの謎

2007年08月29日 | 日々、徒然に
上野で取材。
取材先に向かう道で写真を撮る。



「冷たいラーメン」というノボリが気になる。
アレは「冷たいラーメン」という名前のメニューなのか、
それとも「冷たいラーメンありますよー」という意味なのか。
その謎を解こうと思ったのだが、
残念ながら、取材の時間が迫っていたので
真相はわからずじまい。

8月も終わりに近づいたが、
今年は去年の夏ほど
冷やし中華を喰わなかったなーと呟きながら、
取材に突入する晩夏の昼下がりであった。
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文学的な、あまりに文学的な

2007年08月29日 | やさぐれ男のつぶやき
太宰治の『富岳百景』に、
富士には、月見草がよく似合う。
という有名なフレーズがあるが、

やさぐれた心に、牛丼はよく似合う。

取材が終わり、疲労困憊の僕は、
牛丼屋の看板を見つけてしまい、
ふらふらと入り、牛丼(しかも大盛)を頼んでしまった。

やさぐれた体に、牛丼はよく滲みる。
ひと口ごとに、体の一部になっていく感覚。
カロリーばかり高く、栄養のバランスも悪いのだが、

やさぐれた食い物なので、
食い終わったあとも、満腹感はあるが、
心が満たされない。

しかも喰っている最中、
ぐぎっ、という音が。
それは、奥歯の詰め物が取れた音だった。

暗澹たる気持ちで、牛丼屋を出る僕。
別に固くもなんともない肉を喰っていて、
なぜ詰め物が取れるのだ。

漱石の『吾輩は猫である』で、
寒月君が、椎茸を食い、歯を折るというエピソードがある。
椎茸のような柔らかいものを喰うと、
上の歯と下の歯がぶつかるときの衝撃が激しいので、
折れてしまうことがあるらしい。

太宰も正しいことを書くが、
漱石も正しい。

詰め物が取れると、
妙にもの悲しくなるのは僕だけだろうか。
これは天罰かもしれない。
まずはやさぐれた心を直すのが先決か。
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おもいでの夏

2007年08月28日 | 日々、徒然に
午前中はテープおこしや、打ち合わせをこなし、
午後から原宿に出て、企業取材。
働くことの意味について、いろいろと考えさせられる。

取材が終わったのは7時前。
あたりはもう暗くなっており、雷が鳴っていた。
慌てて仕事場に戻った途端に大雨が降る。間一髪だった。

雨を眺めながら、
S君とやさぐれトークに花が咲く。

「今年の夏の思い出は?」と聞いたら、
「そんなもん、ないっすよ」とS君。
そう。今年の夏もすでに終わりに近づき、
ただ毎日「あちいあちい」(by 椎名誠)と言い、
ビールを呑んでいただけのような気がする。

夏が終わるのは、寂しい。

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人の気持ちなどわからない

2007年08月27日 | 映画など
スティーブン・オカザキ監督『ヒロシマ/ナガサキ』を見る。
ここ最近、当事者の言葉の意味を考えることが多く、
まさに当事者の言葉で構成されたこの映画を見ながら、
原爆を体験していない自分に問いかけていた。
「この人たちの気持ちが本当にわかるのか」と。



結論から言うと、
「被爆した人の気持ちはわからない」である。
この映画に登場する被爆者の人たちの体験は、
思わず目と耳を塞ぎたくなるほどの不幸にまみれている。
それでも僕は、彼らの話を聞き、
悲しい人生に思いを馳せ、
ときには涙ぐむ。
そして「戦争は二度とやってはいけない」と思う。

そう思う自分は正しい、と思う。
観客をそういう気持ちにさせるのが、
この映画の目的であることは明らかだ。

でも、わからない。
そして、本当の意味で彼らを理解できない。
そう思う自分がいる。

もしかしたら、
ヒステリックに「戦争反対!」と言ってしまいそうな
自分が嫌なのかもしれない。
だから、できるだけクールに
ヒロシマとナガサキの悲劇を受けとめようとしているのだろうか。

ワンシーンだけ安堵したところがあった。
被爆者の老人が、自分の体験を語ったあと、
広島市民球場で、カープの応援をしている場面だ。
カープの選手がタイムリーを打ち、
その老人はメガホンを持って、喜ぶ。

僕も、もし何かの拍子に被爆(ありえない話では、ない)して、
不治の病に悩まされたとしても、
きっと神宮球場に行き、ドラゴンズの応援をするだろう。

悲惨な体験をした人でも、
どこかの瞬間で、楽しく高揚する瞬間を得ることができる。
それが人間ってものだし、人生なのかもしれない、と。


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哀しいほど、いい音

2007年08月26日 | やさぐれ男のつぶやき
ぺん。

試しに腹をたたいてみた。
シャワーを浴びて、体を拭き、
冷蔵庫から缶ビール(モルツ)を出し、
一息にビールを飲み干したあと、
試しに腹をたたいてみた。

ぺん。

部屋中に、腹をたたく音が響き渡る。
なかなかいい音だ。
それはもう、哀しいほどに。

明日の朝までに書かなければならない原稿がある。
腹などたたいている暇は、ない。

ぺん。

しかし、たたかずにはいられない。
もうひと頑張りだ。

ぺん。

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未来はないけど

2007年08月25日 | 日々、徒然に
銀杏BOYZに
NO FUTURE NO CRY
という曲がある。

未来はないけど泣いちゃ駄目さ。

と峯田君は歌う。

最近、ノーフューチャーな人たちを見ることが多く、
この人たちは文字通り、

未来のことなんか知るか。

というパンク魂で生きているのか。
単純に、

未来は、ない。

という人たちなのか。

僕もノーフューチャーで生きているつもりだが、
だんだん後者のほうになってきている感じがする。
刹那的に生きることと、
刹那的に生きざるを得ないことの違いを噛みしめる。

NO FUTURE NO CRY。

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餓死なんて知らないよ

2007年08月24日 | 日々、徒然に
ジャーナリストのMさんと世間話をする。
Mさんは資料やインタビューをもとに、
餓死していくアフリカの子供たちについての
原稿を書いたところ、編集部のデスクから
「実際に目の当たりにしたこともないくせに」と批判されたという。

そのデスクは実際にアフリカに行き、
飢餓で死んでいく子供たちを
間近で見てきた人らしい。

Mさんはアフリカに行ったことはない。
餓死する子供たちを目の当たりにしたこともない。
だからと言って、目撃者でないからと言って
批判されていいものだろうか。

こうした深刻なテーマについて原稿を書く場合、
当事者でないことの負い目は絶対に、ある。
それでも書かなければならない衝動に駆られ、
人々に訴えたくなることだってあるだろうに。

僕もイラクに行った戦場カメラマンの取材をしたことがある。
そしてそのカメラマンから
いかにイラクの状況が悲惨かということを聞き、原稿を書く。

そのときに感じる負い目。
戦場に行った人から聞く二次情報をまとめて、
それでギャラをいただくわけだ。

でもそれだってライターの役割のひとつだと思う。
伝えなければならないことがあるから、書くわけだし。
戦場カメラマンの言葉を精一杯聞き、反芻し、
自分の言葉に置き換えながらインタビュー記事を書く。
そういう仕事の意味と意義はある。

それを否定されると、当事者とか目撃者でなければ
原稿を書く資格がなくなってしまう。
それはあまりに不条理だ。

Mさん。あなたのやっていることは正しい。
そう思いますよ。絶対に。
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カラスと餃子、そして焼肉

2007年08月24日 | 日々、徒然に
午後から取材。
カメラマンのTさんと東京駅で待ち合わせて、
新幹線で宇都宮まで。
宇都宮大学の農学部に行き、
生物学科の杉田照栄教授にお話をうかがう。
杉田教授はカラスの研究では第一人者で、
カラスの生態について、いろいろと話していただく。

カラスという鳥の魅力をたっぷりと聞いたあと、
実際に飼育しているカラスのいるところに行く。
捕獲されたばかりのカラスは落ち着きがなく、
ゲージの中を飛び交っていた。
その様子を果敢に撮るTさんの姿に感動。

取材が終わり、ゆっくり餃子とビールでまったり、と思ったが、
都内で夕方からの打ち合わせがあるので、そんな時間はなく、
慌てて新幹線に乗る。指定席は満席で、
東京駅までずっと立ちっぱなし。さすがに疲れる。

九段下まで行き、M社で打ち合わせたあと
仕事場に戻り、溜まっている要件をこなす。
すでに息絶え絶えの状態。

要件を終え、新宿に。
かつて一緒に仕事をしていた連中との呑み会に参加。
みんな少しずつ年を取ったが、
まったく変わらないノリに安心、
というか、成長してないなーと自嘲したり苦笑したり。
10年ぶりぐらいに会う奴もいて、昔話に花が咲く。
そんな呑み会だったが、笑える場って大事だなと痛感。
焼肉屋だったので、久しぶりに肉を喰いまくる。
ビールと焼肉とバカ話。
みんな元気で、とりあえず、よかった。



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餃子の取材ではありません

2007年08月23日 | 満身創痍な
慌ただしい日々が続く。
取材と打ち合わせの連続だ。
今日も宇都宮まで行く予定。
餃子を喰う時間は…無さそう。

とりあえず、やれることをやるしかない。
これから行ってきます。
天候が悪い。が、その分涼しいのでちょっと助かる。
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