「ふう~疲れた」
「だなあ。やってらんないよ」
「まったく。先生は人使いが荒いんだから」
「そうそう。全部俺たち秘書にやらせるんだよな」
「いま国会だからさあ、答弁の原稿整理が大変で」
「それは官僚の役目だろう」
「先生は答弁がアレだし。野党の連中が変な質問ばっかりするから」
「うまく言い逃れするのも大変だ」
「答弁なんか相手をケムに巻いて、とっとと逃げちまえばいいのさ」
「詭弁とか使いまくって」
「でもなあ。先生、口下手だから」
「おまけに滑舌も良くない」
「せっかく原稿用意しても、しどろもどろになっちゃう」
「参っちゃうよな。弁の立つ野党議員が相手だとおしまいだ」
「ストレス溜まるなあ」
「ほんとほんと」
「こんな日は」
「やっぱりアレですか」
「行っちゃいますか」
「行こう行こう」
「でも、いま、やばいぜ」
「あ、そうか。緊急事態宣言か」
「店もやってないじゃんか。8時で終わりだよ」
「8時って…アホか!」
「ほんとアホの極み。8時なんて宵の口じゃんか。ようやくエンジンがかかる時間なのに」
「でも、あそこの店がある」
「え?」
「ほら、このあいだ先生に連れてってもらった、あの店だよ」
「ああ、銀座のあのクラブね。アレはわかりにくいところにあるからなあ。絶対バレないよ」
「それはいい」
「行っちゃおうか」
「経費で落ちるよな。あそこ高いぞ」
「落ちる落ちる。だって先生も自腹じゃないんだぜ」
「そうかあ。経費か。よしよし」
「うひひ」
「行きますか」
「行こう。へへへ」
「どうも~」
「こんばんは~」
「あれ、客いないよ」
「そりゃあそうだよ。だって8時過ぎてるんだから。こっそり飲むには最適だよ」
「そうだな。ちょっとお姉さん、まずはビールくださーい」
「お姉さん、キレイだな」
「だってここはセレブが来るクラブだぜ」
「だからキレイなんだ。おっ、ビール来たよ」
「よし飲むぞ~ってコレ、小瓶じゃん」
「ええっ、小瓶?」
「セレブな店だから」
「そうか。ちぇっ。でもこのお通しすげえ旨い」
「おお。旨い旨い」
「先生っていつもこんな旨いモン喰ってるんだな」
「そりゃあそうだよ。だって議員さんなんだもん」
「いいなあ~いつまでも秘書なんかやってられんなあ」
「秘書っていっても、ただの雑用だからなあ。でも、いつかは俺たちも議員の先生に!」
「金バッジつけて」
「セレブな店で豪遊して」
「愛人つくって」
「税金使い放題で」
「うひひ」
「ひゃははは」
「あ、すみません。水割りください」
「俺はまたビールで。あの~やっぱり小瓶しかないんですか。あ、はい。小瓶でいいです」
「こういう店は小瓶しかないよ」
「わかってるけどさあ。ちょっと落ち着かないな」
「まあな。なんか俺、緊張してるみたい」
「そうなのか」
「だって先生のお供でたまにこういう店は来るけどさ。いつもは俺、ただの居酒屋だよ」
「俺もそうだよ。いいなあ議員さんは。みんなからチヤホヤされて。官僚のつくった作文読んでりゃいいんだから」
「そうそう。やってられん!」
「よし、もっと飲もう!」
「おっしゃあ!」
「まったく俺たちのおかげなんだよ! わかってんのかな、先生は?」
「わかってないわかってない」
「そうだよなあ。いちどガツンと言ってやらんとな」
「あのバーコード頭をペチっとやってみたい」
「おお。それは、いい!」
「いいだろう、なっ」
「いい、いい。最高! 頭をベチッと!」
「わはは」
「ぎゃはははは」
「もっと飲むぞ! お姉さーん…ゴホッ!」
「え?」
「あ、いや。別に」
「お前さ。緊張してるとか言ってたけど、熱があるんじゃないの?」
「ないない」
「ほんとか? 顔が赤いぞ」
「違うってば」
「何が違うんだよ」
「お、俺、ちゃんとマスクしてるもん」
「今はしてないだろう」
「それはそうだけど、お前だってしてないじゃん」
「まあそうだけど、なんかやばいかも」
「ええっ?」
「だって、俺たち、いまけっこう飲んで騒いでたぞ」
「まさか」
「この店、けっこう狭いしな」
「そんな」
「三密だよ」
「ええええっ」
「見ればわかるだろう」
「そりゃあそうだけど、まさかあ。感染なんかするもんか」
「ほんとにそうかな」
「お、おい、こんなんで感染したらやばいぞ」
「先生、激怒りだ」
「ひいいっ」
「でも、安心しろ」
「え?」
「先生を呼べばいいんだよ。こっそり」
「ああそうか」
「先生も飲みたくて仕方ないはずだから、来るよ絶対」
「そしたら濃厚接触すればいいんだ」
「先生は70歳超えてるからさ、一発で陽性で重症だよ」
「みんな一緒に陽性なら大丈夫!」
「よし、俺、先生が来たら、濃厚接触してやる」
「アホか。先生がお前みたいなおっさんと濃厚接触なんかするもんか」
「じゃあどうすればいいんだよ」
「よし! あのお姉さんに濃厚接触者になってもらおう」
「おお。そうか。キレイな女の人にはすぐメロメロになるからなあ、先生は」
「あの~お姉さん…よし来たぞ、濃厚接触だ!」
「やらいでか!」
「キャアアアアアアア! 」
「はい。こちら8号車。銀座●丁目のクラブ「●●●」で客が暴れてる、と。了解。いま現場に向かいます」
「どうした?」
「銀座で濃厚接触者が暴れてるらしい」
「そうか。懲役だな」
「ああ。決まりだ」