むしゃむしゃ。
ばくぱく。ずるる。
そこそこ広い空間に、咀嚼する音が怪しく響く。
男たちはみな暗い目をして、ただひたすら
目の前のモノを胃の中に入れていく。
そこには「希望」や「夢」といった概念は存在しない。
生きていくために。ただそれだけのために、男たちは無言で食べ続ける。
ここは仕事場近くにある、
日替わりランチを500円で提供するという、
やさぐれた男どもが殺到する居酒屋である。
しかもご飯と味噌汁、卵や海苔がお代わりし放題。
「放題」がまかり通る状況のため、ここはまさに桃源郷だと
思いながら食している男たちもいるようだ。
「あれ? tacoさんじゃないですか?」
え? 誰?
と思って、声のする方を向いたら、
いつも通っている整体院のT先生だった。
「偶然ですね~ここはよく来るんですか?」
いや。実はすごく久し振りなんです。
2年ぶりぐらいですかね。と大ウソをつく。
「ああ~そうなんですか~いや~つい来ちゃうんですよね」
とAランチ(ブリの照り焼き)を食しながら話すT先生。
自分はといえば、Bランチ(アジフライ)をぱくついていたところを
まともに見られたことに動揺し、しばし言葉が出ず。
しかし、この空間にいる者はみんな同じではないか。
食いつめ者たちが、500円で至福を味わおうとしているだけなのだ。
taco 「N区役所の2階にある食堂が安くていいですよ~」
T先生 「そうなんですか。何が安いんですか?」
taco 「カレーがお得ですよ~特に水曜日は大盛りサービスで420円!」
T先生 「おお。それは行かないと」
taco 「それがただの大盛りじゃなくて」
T先生 「そうなんですか~うひょひょひょ」
T先生のキャラが変わった。
そう思ったけれど、口にするのはやめて、
アジフライを食すのに専念する。小さいなこのアジフライ。