亜熱帯天然色百科

夜市・屋台・餐廰・路地・鐡路・猫etc

JRFDD51@関西本線庄内川橋梁

2010-07-11 18:29:00 | 日本鐵路
国鉄が無煙化を進めていた昭和40年代全国各地で見られたDD51も最終製造年が1978年と最も車暦が若いものでも32年、更に旅客列車の電車、ディーゼル化、非電化区間貨物列車の減少、DF200型の登場でダイヤを調べないと出会えない機関車なってしまいました。
名古屋付近でも黄金の名古屋第一機関区に配属され中央線・高山線・関西本線・武豊線・臨港線などでD51やC57など蒸気機関車を追い出し活躍していました。当時は蒸気を追い出した憎い奴という認識で記録に留めることもありませんでしたが先日庄内川の堤防に土筆摘みに行った際、久しぶりにDD51に出会うことができました。
    原色ではありませんがJRF色もなかなか似合っています

     重連で築堤を駆け上がってくる姿は迫力があります

          轟音を響かせ鉄橋を渡って行きます

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烤海鮮屋台@通化街観光夜市

2010-07-10 17:23:00 | 夜市・屋台・夜生活
台北市内及び近郊には多くの夜市がありますがどうしても近場で歩いても行ける敦化街か師大路が多くなり毎度代わり映えがしないなぁと思いながらも行くと長年あった屋台が突然無くなり新しい屋台が出現していたりで飽きることがありません。蒸し暑い夏の夜、缶ビール片手に屋台を冷やかしながら歩くのは夏祭り以外日本では出来なくなってしまった贅沢です。
           通化臨江街口の海鮮炭烤屋台

顧客の多い屋台で時間が遅くなると売り切ればかりになってしまいます

       今夜のビールのあては烏賊とシシャモにしました

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荷池@南海学園 1

2010-07-09 17:57:00 | 公園・校内
閑静な愛国西路にある捷運小南門站を南へ歩くと南海学園の北入口に行き当たります。
学園とはいっても学校ではなく植物園・博物館等がある大規模な公園で付近の市民の格好の散歩コースになっています。園内には大きな荷池(蓮池)があり6~7月にはピンクの蓮の花が咲き多くのアマチュアカメラマン・画家が集います。
           左手の建物は國立歴史博物館

          散歩途中のギャラリーも大勢います

     荷池の周囲は遊歩道でゆっくり散歩するのに最適です

               新光三越遠景

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大衆酒場なだやで串かつetc@阪堺電車南霞町駅

2010-07-08 18:16:00 | 食堂・居酒屋
南霞町で阪堺電車を降り太子の交差点を左へ回り環状線のガードを潜ると僅か10年程で廃墟と化したフェスティバルゲートが現れます。初めて訪れたときはビルの中を走るジェットコースターに驚いたものですがUSJのオープンで競争力を失いビルと一体となった遊具を更新できず人足が遠のいていってしまったそうです。
海外の雑貨や文具など興味深いショップもあったのですが・・・

              堺筋の大衆酒場なだや

ジャンジャン横丁の有名店のように並ぶことも急かされることも無く1杯やれます

大衆酒場で安いのですが場所柄1杯1品ごとに清算する客もいますし英字新聞を読んでいる外国人 高級そうなスーツの品のいい老人と客層は様々です

以前と同じおっちゃん方でした 時間が早くまだ客は少ないのですが出前があり忙しそうです

串カツ・焼き鳥・生中・チューハイ2杯で2,000円ほど ほろ酔い気分で難波へ向いました

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台北の調景嶺・寶藏巖 2

2010-07-07 19:03:00 | どこでも廟
寶藏巖は清康熙年代中葉(1680年頃)に観音様を祀って創建され、その後四天王・弥勒様と仏教の仏様が合祀された後、台湾の廟らしく文昌帝君・関聖帝君・媽祖・天上聖母・註聖娘娘など道教の神様・仏様が祀られるようになりました。本来の建屋は台湾風反り屋根の華麗な廟ですが建屋が小さいためか現在は蓋を被せるように鉄骨の建屋で覆われています。
            尼さんから頂いた寶藏巖史略 

            蓋を被せた様子がわかります

            本来の廟建屋後方左側の装飾

   右側の装飾 台湾らしくバナナも可愛らしく表現されています

           台北観音亭と大正の刻印が見えます

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梧州街で吃牛排@龍山寺

2010-07-06 17:51:00 | 食堂・居酒屋
師範大学に通っていたころ月曜日の朝、週末はどこそこへ遊びに行ったという話をしているとき、萬華・龍山寺・華西街などと言うと女性陣、時には教師からも「あそこはねぇ」と怪訝な口ぶりが返ってきましたが、西門や信義には無い猥雑で怪しい雰囲気に惹きつけられます。ただ西園路から西の三水街・桂林路から北の華西街の路地などカメラを持っているのを見つからないほうが良い場所もありますから特に一人旅の女性にはお勧めできません。
  龍山寺門前の果物屋 台湾ではバナナを吊るして売ってます

        すっかり暮れたところで梧州街の牛排屋へ

       左がマッシュルームソース 右が黒胡椒ソース

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阪堺電車南霞町駅

2010-07-05 18:35:00 | 日本鐵路
阪堺電車天神ノ森から10分ほどで終点恵美須町の1駅手前にある南霞町駅へ到着します。大阪環状線や南海電車では新今宮駅ですがなぜか阪堺電車だけは南霞町と駅名が異なります。
新今宮といえば有名なあいりん地区(釜ケ崎)の北の入り口です。大学のころ同級生の父親(生粋の大阪人)に社会見学だと早朝三角公園へ連れて行かれたことがありますがその当時と比べると人も少なくなり活気もデンジャラスさもずいぶん少なくなった気がします。
今池駅辺りからビジネスホテルの看板を掛けた建物が多くなります

  踏切を越えると南霞町駅です 上のガードは環状線新今宮駅

     乗ってきた電車は終点恵美須町へ走っていきました

まだ6時前ですがホーム入り口には酔い潰れ寝転がっている親父もいます 蹴飛ばさないよう注意して駅から出ました

久しぶりに太子・飛田方面へも足を伸ばしたかったのですが暮れかかってきたので1杯やって名古屋へ帰ります

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内湖開通1周年@捷運忠孝復興站

2010-07-04 17:52:00 | 台湾鐵路
2009年7月4日中山国中から南港展覧館までの延長完成から今日でちょうど1年、開業当初はボンバルディア社製の車両・運行システムに不具合が続出し駅間で停止してしまった車両から乗客が高架を徒歩で移動する姿が連日ニュースになっていましたが、やっと最近になって運行が安定してきたようで、これまでバスで渋滞に巻き込まれると時間が読めなかった新市街地内湖や大直にも行きやすくなりました。文山内湖線と南港線がクロスするのが忠孝復興站で、駅近くにはそごう・微風廣場もあることから一日中乗り換え客で賑わう駅です。
             夕方ラッシュ時の忠孝復興站

              南港線へのエスカレーター

           帰宅を急ぐ人で込み合う南港線ホーム

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台北の調景嶺・寶藏巖 1

2010-07-03 18:33:00 | 台湾路地
地下鉄を公館で降りて福和橋方面へ歩いていくと右手に山の斜面にへばりつくような不思議な街が見えてきます。返還前の香港にあった調景嶺を髣髴とさせるスラムの残骸です。街の名前は寶藏巖といいますが本来はここにある廟の名前で廟横に造られた街の通称になりました。
以前は各地で見られたこのような風景も急速な発展によって取り壊し、再開発が行われここ寶藏巖を残してすべて消え去りました。台北市ではこれも一つの文化遺産として市の古跡に登録し修理保存されることになりました。
  福和橋袂にある倉庫?に消えかけた寶藏巖の名前が見えます

      まずは名前の元となった廟の寶藏巖から見ていきます

石柱には昭和十四年二月建立とあり対の石柱には米穀組合など奉献者名が刻まれています

         中では尼さんが読経の最中でした

静かな昼下がり信仰心の厚い台湾人は若者も普通に拝礼していきます
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下町老人の憩いの場・青年公園 2

2010-07-02 18:07:00 | 公園・校内
青年公園にはプールやゴルフ練習場などもありますが、この公園を台北のほかの大規模公園と比べ際立たせているのは老人の数が多いことです。萬華地区は大稲埕と並び龍山寺を中心に台北でも最初に発展した街ですが台北が東の信義地区や北の天母地区へ市街地を拡大し若い世代が移住していくと比較的老人が多い地区になってしまいました。
              大きな榕樹(ガジュマル)

          野外ステージの前に人だかりがしています

石のテーブルを囲んで中国式将棋をしていました 将棋なら新北投の公園や中山堂の公園などでも見たことがありますがここが他所と違うのは100元札が飛び交っていることで怒鳴られないよう離れて撮っています

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