スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ドストエフスキーの転向&第五部定理二九備考

2014-06-10 19:07:03 | 歌・小説
 ストーリー展開の上での時間の濃密さが最も際立ったドストエフスキーの作品は『悪霊』かもしれません。物語の本筋が始まるのは1869年の9月初め。そこから冬までの間に,登場人物の多くが死にます。死人の多さが,濃密さを形作っています。
                         
 『悪霊』は,ロシアで実際にあった,皇帝暗殺まで企てるような革命派学生の内ゲバ事件が題材。死者が多くなるのは,これに起因しています。それは作家としてのドストエフスキーの立場に関係します。
 ドストエフスキーは1849年に思想犯として逮捕され,死刑判決を受けました。ただ刑が執行される直前になって皇帝による特赦があり,懲役刑に減刑されました。そして服役後も当局の監視が続き,ドストエフスキーは,検閲を受ける可能性があるという前提で,小説や手紙を書いていたと類推されます。
 ですからドストエフスキーは,表向きは思想的には転向した,つまり革命派から皇帝派になったと見せておく必要がありました。『悪霊』はこうした観点から書かれています。ですから単に内ゲバ事件の標的だけが死ぬのではなく,加害者側も死ななければならない必然性が,ストーリー上の必然性とは別のところにあったといえるでしょう。
 元来,ドストエフスキーはその目的で『悪霊』を書こうとしていました。なので革命派の中でも過激派に対して批判的だったのは,装ったわけではなく本心であったと思われます。ただ実際に書いているうちに満足できなくなり,直接的にはこの内ゲバ事件と無関係な,スタヴローギンが登場することになりました。
 ドストエフスキーがロシアの大地への土着愛を語るとき,確かに保守性が滲んでいるといえます。一方でそれは反ヨーロッパという意味が強調されているようにも感じられます。イワンの場合で示したような,神の不在に関する逡巡は,ドストエフスキー自身の逡巡であったと僕には思えます。こうした逡巡を抱く人間が,完全に皇帝派に転向できるものなのか,疑問の余地があります。デカルトが創世記との関連で踏みとどまろうとした一線が,ドストエフスキーにもあったと考える方が,妥当であるかもしれません。

 第二部定理四五の無限性と有限性に関しては,無限の一義性をどう把握するのかということと関係します。これについては後で詳しく説明します。永遠性と持続性に絞った考察を継続します。
 第一部定義八説明が,永遠性と持続性を明確に峻別しているということは否定できません。そしてこの峻別は,この部分だけでなく,『エチカ』のほかの個所でも何度も示されています。その最も象徴的なテクストとして,第五部定理二九備考をみてみましょう。
 「物は我々によって二様の仕方で現実として考えられる。すなわち我々は物を一定の時間および場所に関係して存在するとして考えるか,それとも物を神の中に含まれ,神の本性の必然性から生ずるとして考えるかそのどちらかである」。
 このテクストの前半部分が持続の相と関連し,後半部分が永遠の相と関連していることはいうまでもありません。したがってスピノザは,個物res singularisが永遠の相の下に認識される場合にも,それはres singularisが現実として考えられていると把握していたことになります。これは僕の考え方を補強します。しかしここではこのことを強調はしません。
 スピノザはこれら各々の相を,二様の仕方という語句で説明しています。つまりいかにも永遠の相と持続の相が数的に区別可能なふたつの相であるかのように説明しています。これはむしろ松田の考え方に一致します。なぜ松田がこの峻別の数的区別可能性について,こうしたテクストを根拠に据えなかったのか,僕には謎です。
 しかし,たとえこのようなテクストが現に残されていたとしても,永遠性と持続性を数的に区別することは不可能であると僕は考えます。その理由をこのテクストから探すとすれば,それはres singularisを二様の仕方で認識するものがどのようなものであるのかということと関係します。スピノザはここではそれを我々によって,といっています。そしてこの我々というのは,人間の知性,とりわけ現実的に存在している人間の知性のことであると僕は解します。あるいは人間に限らず,スピノザの哲学における,現実的に存在する有限である精神のすべてと解します。

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