スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

書簡七十一&破門以後

2024-08-20 19:00:35 | 哲学
 書簡七十三は書簡七十一への返信として書かれました。書簡七十一は1675年11月15日付でオルデンブルクHeinrich Ordenburgからスピノザに送られたものです。遺稿集Opera Posthumaに掲載されました。
                            
 スピノザはこの時点では完成していた『エチカ』を出版するつもりだったのですが,政治状況もあってそれが危機に瀕していました。そのことを書簡六十八でオルデンブルクに伝えていました。オルデンブルクは,スピノザが『神学・政治論Tractatus Theologico-Politicus』で読者に衝撃を与えている個所を緩和しようとしていると思っていて,そのことは結構だといっています。そしてスピノザの質問に答える形で,その衝撃を与えている個所を3点あげています。
 ひとつめは,スピノザが神Deusと自然Naturaを混同しているということです。
 ふたつめは,スピノザが奇蹟miraculumの価値と権威を否定しているということです。
 みっつめは,イエス・キリストの化肉と贖罪について,スピノザが自身の意見を秘匿しているということです。
 これらのことをオルデンブルクは,自身の意見としてではなく,人びとの意見として質問しているのが特徴です。ひとつ目については,きわめて多くの人びとの意見に従うのであれば,スピノザは神と自然を混同しているといっていて,オルデンブルクがそのように解しているとは必ずしも読めない書き方になっています。ふたつめについては,奇蹟の上にのみ神の啓示の確実性certitudoは築かれ得るとほとんどのキリスト教徒は信じているとなっていて,常識的に考えればほとんどのキリスト教徒のうちにオルデンブルクも入るでしょうが,オルデンブルクはそこには含まれないという読み方も可能です。みっつめについても,スピノザが自身の意見を秘していると人びとはいっているという書き方になっていて,それがオルデンブルク自身の意見であるとは明言されていません。
 これらは人びとの意見に乗じてオルデンブルクがスピノザを問い詰めようとしたからだとも考えられるでしょう。ただ一方で,オルデンブルクは『神学・政治論』を真剣に読んでいないか,あるいは読んでもはっきりと理解できなったがゆえに,このような仕方でしか書けなかったという可能性もあるでしょう。

 残るひとりの姉妹であるレベッカはどうでしょうか。
 スピノザは1656年7月にユダヤ教会から破門宣告を受けています。何度もいっているように,これは単にユダヤ教徒と認めないとか,教会への立ち入りを禁止するといった宗教的な意味だけをもつのではなく,アムステルダムAmsterdamのユダヤ人共同体からスピノザを追放するという意味でもありました。というより,後者の意味が強かったと考えて間違いありません。だからこの宣告を受け入れたスピノザは,そのときからはユダヤ人共同体から出ていったわけです。ただこれはスピノザだけが宣告されたものですから,スピノザの親族には無関係です。なのでこの時点でまだ生きていたスピノザの親族は,共同体に残ったのです。アムステルダムのユダヤ人はスピノザとの接触を禁じられていましたので,1656年7月以降は,スピノザとスピノザの親族との接触は一切なかったと解して間違いないでしょう。親族はスピノザとの接触を禁じられていましたし,スピノザの方でも接触しようというつもりはなかったと思われます。
 ところがレベッカは,スピノザの破門後の伝記の中に登場します。もっともそれはスピノザが死んだ後のことです。コレルスの伝記Levens-beschrijving van Benedictus de Spinozaには次のようなことが書かれています。
 スピノザの死後,そのときにスピノザが住んでいた家の大家であったスペイクに,レベッカがスピノザの遺産の相続人であると申し出ました。そこでスペイクは,葬儀費用とスピノザが抱えていた借金の前払いをレベッカに依頼したのですが,レベッカはそれを断りました。そのためにスペイクは公証人に依頼して公正証書を作成し,正式な形でレベッカに費用の請求をしました。しかしレベッカは,支払いの前に遺産の剰余金があるかを知りたかったので,その請求には従わなかったのです。そこでスペイクは裁判所に訴え,スピノザの遺品を公売所で競売する権限をもらい,実際に競売にかけました。その売上金はその場でレベッカが差し押さえたのですが,剰余金は残ったとしても僅かだったので,遺産の相続を放棄したのです。
 コレルスの伝記はスペイクからの聞き取りですので,ある程度は信頼できるでしょう。
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