スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

凱旋門賞&政治論の形而上学

2022-10-03 19:10:54 | 海外競馬
 今年の凱旋門賞は日本時間で昨日の深夜にフランスのパリロンシャン競馬場で行われました。帯同馬がほかのレースにも出走しましたので,そちらも合わせて回顧します。
                                        
 前日に行われたダニエルウィルデンシュタイン賞GⅡ芝1600m。マイラプソディは前半は3番手。外を回っていた関係でコーナーでは5番手になりましたが,直線の入口では2番手まで上がりました。ただ見せ場はここまで。直線は伸びを欠き勝ち馬からおよそ18馬身差の最下位でした。
 この馬はドウデュースの調教パートナーの位置づけですから,前走に続き仕方がない結果でしょう。
 凱旋門賞GⅠ芝2400m。タイトルホルダーは押して先頭。2番手の馬に執拗に絡まれながら逃げる競馬。ディープボンドは外の2番手から4番手あたり。ステイフーリッシュは6番手の外。ドウデュースは18番手の内。タイトルホルダーのリードは3コーナーを回ると1馬身くらいに。その時点でディープボンドは5番手。ステイフーリッシュがディープボンドを追い上げてくる形に。タイトルホルダーは先頭のまま直線に入り,2番手の馬は振り切りましたが,3番手の内でレースをしていた勝ち馬に楽々と前に出られるとギブアップ。その勝ち馬から13馬身弱の差で11着。ステイフーリッシュがさらに5馬身差で14着。ディープボンドはさらに18馬身差で18着。後方のまままったく動けず,ついていくだけで精一杯になってしまったドウデュースはさらに6馬身差の19着でした。
 いろいろな要因はありますが,これだけ離されて負けているのですから言い訳はできません。この路線のヨーロッパの馬は強いし,層も厚いということでしょう。僕が馬券を買うためにピックアップした5頭のうちの3頭の優勝争いでしたので,結果は順当なものだったと思います。
 日本時間では今日の未明のフォレ賞GⅠ芝1400m。エントシャイデンは発馬してすぐにハナへ。前半は半馬身から1馬身くらいのリード。途中からは馬体を離した外の馬とほぼ並んで逃げるようなレース。その馬は振り切って直線では単独の先頭に立ちましたが,外から2頭に差されて勝ち馬から約3馬身差で3着でした。
 この馬は日本での実績から勘案すると昨年の遠征でもそこそこ走っています。馬場の適性もあるのでしょうし,このくらいの距離の彼我のレベルの関係もあるのでしょう。

 ヘーゲルGeorg Wilhelm Friedrich Hegelの哲学にはないけれども,スピノザの哲学に含まれているもののひとつに,個物res singularisの複合の無限連鎖があります。この考えがあるために,スピノザの哲学では国家Imperiumが人間にとっての,あるいは人類にとっての最終形態とならないという面があります。というのは,この考え方に従えば,どのような個物もほかの個物と複合することによってより大きな個物を構成することになっていますから,どのような国家もそれがひとつの個物とみられる限り,ほかの個物と複合してさらに大きな個物となる可能性を有しているからです。そして国家もひとつの個物であることに間違いありませんから,どのような国家も人間にとっての最終形態であることはできません。
 スピノザの政治論が,この複合の無限連鎖と関連を有しているということは,ここまでに説明してきた事柄から明白だと思います。スピノザはひとりの人間が別の人間と協力することによってより多くの権利jusを自然Naturaに対して有するようになるといういい方をしますが,これはひとりの人間という個物が別の人間という個物と複合することによって,より大きな権利を自然に対して有するようになるといっているのと同じことだからです。このようにしてより多くの人間が協力することによって統治権imperiumを伴う国家が形成されるのであれば,国家を形成するそれらの人びとは,ひとりの人間という個物の複合の無限連鎖が発展していくことによって生じるひとつの個物とみることができます。さらにスピノザは,ひとつの国家が別の国家と協力することによって,国家もまたより多くの権利を自然に対して有するようになるといっているのですから,これもまた国家をひとつの個物としてみたときに,複合の連鎖が生じていくごとに各々の国家が自然に対してより多くの権利を有するようになる,あるいは同じことですが,より多くのことを自然に対してなし得るようになるといっているのであり,これも個物の複合の無限連鎖と関係しているといえるでしょう。
 このようにして,スピノザの哲学では,国家が形成されていく過程の形而上学,つまり人間と人間とが協力していく過程の形而上学が説明されることになるのです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする