スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

愛さず殺さず&第一部定理一八の意味

2021-02-20 19:17:06 | 歌・小説
 スヴィドリガイロフが自身に対するドゥーニャ愛と憎しみを見誤っていたのは間違いないところです。つまりスヴィドリガイロフは,ドゥーニャが自分のことを愛していると思っていたのだけれど,実際には憎んでいるということに気付いたのです。一方で,スヴィドリガイロフのドゥーニャに対する愛は,変わることがありませんでした。それは,たとえドゥーニャの自分に対する憎しみに気付いてもなお,いい換えればドゥーニャが自身に対してピストルの銃口を向けたときにさえ変わりませんでした。
                                        
 こうしたときに,スヴィドリガイロフはドゥーニャが自分を撃ち殺してくれることを願うのではないかということが『『罪と罰』を読まない』の鼎談の中で指摘されています。つまり,実際にはドゥーニャが自分を愛していないということに気付いたスヴィドリガイロフは,もしもドゥーニャが自分を愛してくれないのであれば,徹底的に憎んでもらうことを望むのではないかという指摘です。スヴィドリガイロフのこのような感情の変化は,僕にはリアルなものと感じられますので,確かにそういうことがあってもおかしくはないと考えます。すると,ドゥーニャがスヴィドリガイロフを憎むということに最も徹した場合には,銃口を向けたピストルの引鉄を弾くことになるでしょう。いい換えればドゥーニャはスヴィドリガイロフを殺すことになるでしょう。そしてスヴィドリガイロフは,ドゥーニャに徹底して憎まれることを望んでいるのですから,そのことも望むことになります。要するにこのときスヴィドリガイロフは,ソーニャにピストルで撃ってほしい,自分のことを殺してほしいと思っていたということになります。
 このときにスヴィドリガイロフがそのように感じていたということは大いにありそうです。ですがドゥーニャはそうすることができず,そのままスヴィドリガイロフの前を立ち去ります。愛してもらえず,しかし憎んでももらえなかったスヴィドリガイロフは,大いに失望したことでしょう。

 最後に一点だけ,今回の考察の補足をしておきます。これは『エチカ』の定理Propositioと若干の関係を有します。
 カテルスJohannes CaterusやアルノーAntoine Amauld,またレヴィウスJacobus Reviusuにとって,自己由来性を積極的に解することは,正統的な神学の解釈に反するものでした。デカルトRené Descartesは,その点では正統的な神学の解釈を踏み越えたわけですが,神Deusが自己原因causa suiであるという主張や,自己原因が起成原因causa efficiensであるといった主張に関しては,奇怪な意見であるといっています。カテルスやアルノーまたレヴィウスにとっては,自己由来性を積極的に解することと,神を自己原因であると規定することならびに自己原因を起成原因と規定することは同じ意味を有していました。このことは,デカルトの欺瞞が,スピノザからみた場合の欺瞞だけでなく,カテルスをはじめとする伝統的な神学的観点を重視する立場の思想家や神学者からみた場合の欺瞞という二面性があったことを説明したときにいったことです。したがって,自己原因を起成原因とみなすことや,神を自己原因と規定することが,神学的観点に反することであるという点で,カテルス,アルノー,レヴィウス,デカルトの立場は一致していたのであり,スピノザだけがそこも踏み越えたのです。ですが,なぜ神を自己原因と規定することと,自己原因を起成原因とみなすことが,神学的観点に反するのかということは,考察の中では示しませんでした。ここで補足しておきたいのはそのことです。
 神学的観点における神というのは,超越的な神なのです。ところが,もしも神が自己原因であると規定すると,神の存在existentiaの原因が神自身にあるということになり,この場合は神が超越的な存在ではなくなってしまいます。ここでいう超越的というのは,因果的な超越性を意味しているのであり,もし何らかの起成原因によって神が存在するなら,それは超越的な存在ではなくなってしまうからです。そしてこの場合に,神が超越的存在でなくなるなら何になるのかといえば,それは内在的な存在なのです。
 このような意味で第一部定理一八は,神は内在的原因causa immanensであり超越的原因causa transiensではないといっているのです。内在の哲学は,形而上学的にはこのように開始されるのです。
コメント
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