スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ピストル&絶好機

2020-08-31 18:59:56 | 歌・小説
 ラスコーリニコフとソーニャの間で,ラスコーリニコフの殺人の告白とソーニャの応答という最も決定的な出来事が生じるのは第五部の4節です。これと同じように,スヴィドリガイロフドゥーニャの間でも決定的な出来事がひとつ生じます。これは第六部の5節です。これはスヴィドリガイロフの部屋での出来事ですが,このスヴィドリガイロフの部屋というのは,ラスコーリニコフとソーニャが会っている部屋の隣にあたります。それでスヴィドリガイロフはふたりの話を盗み聞きして,ラスコーリニコフが殺人犯であることに気付き,これをネタとしてドゥーニャと会う機会を設けたのです。
                                        
 この場面ではひとつのアイテムが重要な役割を果たします。それがピストルです。このときドゥーニャはピストルを携えてスヴィドリガイロフと会っていました。スヴィドリガイロフが自分を監禁しようとしていると感じたドゥーニャは,その銃口をスヴィドリガイロフに向けるのです。ドゥーニャはこういうこともあろうかと思って,このピストルを隠し持っていたのです。
 ドゥーニャは以前,スヴィドリガイロフの家で家庭教師をしていました。そのときに,スヴィドリガイロフはドゥーニャに射撃のレッスンをしたことがありました。ドゥーニャはその頃からスヴィドリガイロフが怪しげな人物だと感じていたので,そのときに1丁のピストルを入手しておきました。つまりこのピストルの入手経路はスヴィドリガイロフにあったことになります。
 ピストルを向けられたスヴィドリガイロフは,このピストルが自身のピストルであることに気付きます。懐かしい昔馴染みのピストルで,紛失したときにはずいぶんと探しました。紛失したわけではなく,ドゥーニャに盗まれたのだということを,このときに理解するのです。ただしソーニャは,このピストルはスヴィドリガイロフによって殺された妻のマルファのものであると言っています。この相違が何を意味するのかは分かりませんが,ドゥーニャにとっては,これがマルファのものであるということもおそらく重要なのでしょう。ドゥーニャはマルファはスヴィドリガイロフに毒殺されたと思っているからです。

 スぺイクHendrik van der Spyckはスピノザの死を看取った日のうちにアムステルダムAmsterdamに帰り,その後は自分の前に一度として姿を現すことがなかった医師に対して,悪意を抱いたとしても不思議ではありません。というか,スピノザに対するスぺイクの敬愛の情の深さからすれば,そのような気持ちをもつ方が自然であるとさえいえるでしょう。ですからこの医師に対して濡れ衣を着せることはあり得るのであって,ネコババの件自体が,実際にあった出来事であったかもしれませんが,スぺイクの作り話,あるいは作り話とまではいかなくても,勘違いとして作られた物語であったかもしれません。ですからこの部分を評価することによって,この医師がだれであるかを決定することは,僕には危険なことのように思えます。僕自身はスピノザの最期を看取ったのはシュラーGeorg Hermann Schullerであると解していますが,それが史実であったといいたいわけではありません。スぺイクのいう通りであったらシュラーであった可能性が高いでしょうが,それが勘違いであったら,マイエルLodewijk Meyerであった可能性も否定はできないでしょう。
 ここでの物語では,たとえこの医師がマイエルであったとしても,シュラーには当該の書簡を抜き取る好機があったということはすでに説明した通りです。ですがここではこの医師がシュラーであった場合の物語を語っているのですから,その線で話を進めます。そしてこの場合は,シュラーは容易にこれらの書簡を抜き取ることができたでしょう。スピノザが死んだとき,スピノザの傍らにいたのはシュラーだけであり,しかもこの家にもシュラーとスピノザしか存在していなかったのですから,シュラーはスぺイクの一家のだれにも気付かれることなく,書簡を抜き取ることができたからです。そもそもこの物語においては,シュラーはスピノザが死ぬ以前から,ライプニッツGottfried Wilhelm Leibnizにその指令を受けていたということになっていますので,シュラーが指令を遂行するためにこれほどまでに絶好の機会を逃すわけがないといっていいほどだと僕には思えます。したがって当該のすべての書簡は,スピノザの遺稿がリューウェルツJan Rieuwertszの手に渡る前に,すでに抜き取られていたという可能性も大いにあるのです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする