ヘルソン・マンシオは、こんなに一方的に負ける選手ではない、と思っていました。
しかし立ち上がり、マンシオがほんの僅かに右のグローブの位置を間違えた
その隙間に井上尚弥の左拳が小さく突き刺さり、試合はそれ以降、
井上のクッキングタイムと化しました。
あの打たれ方を「防御ミス」と呼ぶのも気の毒な、と思うくらい、
本当に小さな、数少ない隙だったと見えましたが、井上はそれを逃しません。
もしあそこで有効打を決めていなくても、いずれ、すぐに他の突破口を見つけ...
というか、見つけたと同時に、もうそこに鋭い軌道の拳が打ち込まれていたのでしょう。
2回、井上の左ボディが決まった、と見えた時にはもう右クロスが飛んでいて、
マンシオは厳しい追撃にさらされ、たまらず、という風情で倒れる。
宮崎亮の、狂気ともいえる「先手」狙いの右カウンター、一撃で
IMPホールのリングに沈むまで、宮崎を攻め立て苦しめていた姿を見知る目には、
この「やられ方」は、信じられないものでした。
マンシオは脅威の粘り強さで闘い続けるものの、3回以降も文字通りの「滅多打ち」に遭い、
4回さらに粘りを見せたものの、5回にワンサイドの展開の中、レフェリーに救われる、
という形でのTKO負け。
この粘り強い選手を、一発の大技で仕留めた宮崎亮のそれとはまた違った凄みのある、
厳しく正確な攻撃の積み重ねによる完勝。井上尚弥は改めて、その実力を示しました。
とにかく見ていて感心し、驚嘆するばかりの5ラウンズでした。
判断が速く、手が速く、追撃が速い。攻防共に鋭く、無駄が無く、間違いがない。
そして終始攻撃的、間断なく続く強打が、時に先制打、時にカウンターとなり、
リングの上に鋭い軌道を描く拳が、殺意を持ってマンシオを襲い続けました。
凄いボクシングやなぁ、でもこんな選手、最近よく見てるような気がするなー...と、
試合中、ずっと頭の中で思いを巡らせて、思い当たった名前が、ゲンナジー・ゴロフキン、でした。
もちろんクラスも違えば、試合のカテゴリーも違います。
しかし今回、見ているこちらの想像の、常に一歩先を行く鋭い攻撃には、
こういう名前を想起させるだけの凄みがあったと思います。
次戦で世界というような話も、ひょっとしたら具体化するのかも知れません。
もちろん頑固に、こういう話を手放しで受け入れたくはないんですが、
デビュー戦から振り返ってみて、この5試合目までの内容と結果は、
少なくとも過去、早期の世界挑戦をしたどの選手のものよりも、
世界への近さを感じさせるものであり、全体的なバランスの良さで言えば
数多の先達を上回っていると感じます。
以前書いたとおり、この逸材を単に怪物扱いするのではなく、
この選手を日本ボクシングの新時代のスタンダードとしての選手育成をしてほしい、と
ずっと思ってきましたが、今回の試合には、そういう私の賢しらな見解を
大きく揺るがす衝撃がありました。やっぱ、この人、怪物ちゃうの、と(^^;)
しかし、ひとつだけ変わらぬ思いもあります。やはりこの選手は、目先の小さな
「アルファベット・タイトル」の保持者を目指すレベルにはない、ということです。
彼が将来、攻略を目指す対象は、あくまでローマン・ゴンサレスやファン・エストラーダであり、
二番手以降の王者たちは、仮に挑むことがあっても「通過点」として見るべきだと。
それが井上尚弥の今後を見るときの物差しであるべき、なのだと。
初めて直に見る「ナマ井上」は、本当に衝撃的なくらい強かったです。凄かったです。
どこがどう良いの?と問われれば、まず一言で「全部」と答えるしかない。そういう選手でした。
=========================================
ただ、まあ私の細かい突っ込みとしては、あの入場曲は正直、いかがなもんかな、と
それだけはちょっと気にかかりました。いざ会場でアレを聴きながら
井上の入場を待っている間だけは、正直、いたたまれない気分になりました(^^;)
誰の趣味というか選択なんですかねぇ、まさか本人なのか。そんな歳でもないと思うんですが...。
ボクサーの入場曲談義については、また日を改めてじっくりとやってみようかなと
思ったりもしているんですが...でもこれをあまりマジにやると、
それこそ泥沼の闘い?が待っているような気がして、ちょっと怖かったりもしますけど...。